鬼と華

□鬼百合の唄 第三幕
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京の御所。帝が住まい、公務や儀式の一切を執り行う神聖な場所である。

その御所の一角、荘厳華麗な装飾を施された部屋において、幽撃隊総督来島また子は手を組んで宙を見つめていた。その表情、熱にうかされたように頬を染め、瞳はまるで夢を見ているかのようだ。

「隻眼のお侍様……私、とうとう運命的な出逢いをしてしまったッス……」

彼女の口から漏れたのは、らしからぬ甘い声だった。

「凛として麗しい……鋭く強い眼、艶やかな黒髪…………」

そこまで言って、また子は我に帰ったように、手のひらをパタパタと振った。

「いっ、いけないいけない!こんな時に気持ちが浮わつくなんて、総督として示しがつかないッス!」

気合いを入れてパンと自ら頬を叩くものの、暫くすると、元通りに惚けてしまう。

「でも、願わくばもう一度だけ……あの寺に行けば、また逢えるかも知れないッス……!」
「何やってるんですか総督。心の声がずっと漏れてますよ」

独り言を言い続けるまた子を、湯川昭蔵が一喝した。彼の後ろに控える勝間田多二郎、力士隊司令の那須唯則共に、彼女の様子に呆れている。

「今日は、三条様直々のお呼び出しで来ているんですよ。もっと緊張感を持ってくださいな!」

昭蔵にぴしゃりと言われ、また子は肩をすくめて姿勢を正した。

“三条”とは、公家の三条実温のことである。京の公家中では、攘夷派の中心的人物として知られている。天人に迎合し開国した幕府、それに幕府を裏で操る天人に危機感を抱いており、幕府の進める開国策に否定的な立場をとっている。
また子ら幽撃隊との関係はと言うと、初代総督が町人や農民、浪士らを組織して幽撃隊を結成した際、その信念にたいそう共感し、隊の運営などにかかる費用を援助した経緯がある。だが、三条と幽撃隊の支援関係は、一部の幹部が知るのみだ。


暫くして、部屋に三条実温が現れた。幽撃隊幹部は両手をついて、深々と頭を下げる。代表して、また子が挨拶を述べた。

「ご無沙汰いたしております、三条殿!ご健勝のご様子、祝着至極に存じます……」
「ああ、堅苦しい挨拶はよい、よい。顔を上げよ!」

三条は碎けた調子で言い、とある書状を彼らの前に広げた。

「皆、よく参ったな。本日は他でもない、幕府から届いたこの書状について、そちらに意見を伺いたい」
「?それでは、まず私が……」

参謀の昭蔵が初めに書状を手に取り、ざっと一読する。それは御所に仕える公家衆にあてて、幕府の高官から届いたものであった。

「これは……」

昭蔵は、眉間に皺を寄せて険しい顔をした。その内容、幕府が京に、京都守護職という警備隊を配置したいというものであった。

幕府要人、佐久間周山暗殺より、京の治安は乱れて不穏。帝を守り京の治安を保つため、御所周辺の土地を幕府が買い上げて、そこに詰所を建てるという。加えて守護職を務めるのは幕府軍ではなく、列強星々の天人と記してある。

「嘘だと思いたいが、まさか……」

昭蔵は、手の甲で額の汗を拭った。
書状には、幕府高官、相当の職にあるものの署名がある。おそらく京の民の同意を得られなくとも、権力をもってして京都守護職の配置を強行する心づもりだろう。

横から書状を見ていたまた子が、冷ややかな目で言った。

「帝の警護の為、京の治安維持の為……そんなのはただの建前ッス。
御所周辺の土地屋敷を召しあげて、天人が京に好きなように住み始めたら、どうなるか想像は容易い。この街が、江戸の二の舞になるだけッス」

また子の言葉に、三条実温の顔が怒りでカッと赤くなる。

「なんと…………!江戸にターミナルなどという禍々しき異物を建て、将軍家を傀儡としただけで飽きたらず………天人共は京まで異国の街にすると申すか!」

昭蔵は、人から伝え聞いた江戸の様子を思い浮かべながら言った。

「江戸には各国の大使館が建ち並び、町には異国の天人が溢れ、かつての旧き良き粋な町の面影はありませぬ。
京都守護職などと称して、天人をこの地に招き入れるなど言語道断。京の美しき町と誇りが失われることは、何としてでも阻止しなければなりませぬ」
「だが……こうして正式に書状が来るということは、幕府の中ではほぼ決まっているということに相違ないであろう?もっと早くに阻止できれば……いや、我々がこれからどうするかだ……」

三条実温は、怒りで赤くなったと思いきや不安に青ざめたり、突然の報せに動揺を隠しきれない様子だ。

佐久間周山という幕府要人の暗殺で、帝や公家衆はじめ、京の民も治安に危機を抱いているのは確かである。しかし、京都守護職を置くことは、これまでの町のあり方まで変えてしまうほどの影響力がある。幕府を陰で操る天人が、糸を引いているに違いない。


那須唯則が、ひっそりと昭蔵に耳打ちする。

「幽撃隊傘下に周山殺しの犯人がいるっちゅう噂も流れているし……わしらは迂闊には動けんぞ。どうする」
「帝や公家衆の混乱を防ぎつつ、幕府がどう出るかを注視するしかあるまい」

昭蔵はそう答えてから、三条実温に向かって、宥めるように言った。

「御所に仕える公家方々には、幕府から帝への接触を十分監視するように、徹底していただけますか。わしら幽撃隊は、京の街を護るのが役目です。易々、幕府の思惑通りにはいかせませんよ」


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