鬼と華

□鬼百合の唄 第六幕
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幕府軍進撃の日。京の町は静かな夜明けを迎えようとしていた。
御所へ集まる幕府軍に対して、奇襲をかけることを決めた幽撃隊は、町から離れた伏見方面にある屋敷を陣地とし、出陣の時を待っていた。


幽撃隊を率いる総督、来島また子の顔色は優れない。御所の様子を偵察しに出していた使者が、なかなか戻らないのだ。
やがて、使者が息を切らせて戻ってくる。足が縺れるようにしてまた子の前に現れた使者は、顔面蒼白で叫んだ。

「総督!幕府軍の数、五千との情報!至急、隊の増員を図らねば!!」

ざわっと、屋敷にざわめきが広がる。
幽撃隊の状況は、増員どころの話ではなかった。本来であれば十二の諸隊が集結するはずだが、誰一人として集まらない隊がある。頭数を合わせれば六百を下らない幽撃隊が、四百に満たないのだ。隊士が大幅に足りないのであった。

「ええい!金剛隊と神祈隊の頭はまだ来ないのか!?」

力士隊の司令那須唯則が、苛立ちを抑えきれずに言う。
金剛隊と神祈隊は、僧侶や神職達による諸隊だ。奇襲を決めた屯所での集会から、どちらの司令も一向に姿を見せず、隊士達も集まる気配がない。
伏見の陣地に集まる途中、また子らは幾つもの神社や寺を見てきたが、どこもがらんとして静かだった。てっきり、既に陣地に集まっているものと思っていたが、どうやらそうではないようだった。

「まさか……」

那須は察したように、手をついて立ち上がった。

「連中……戦を前に恐れをなし、神仏を捨てて逃げたのか!!」

怒りを鎮めきれず、彼はその場で足を踏み鳴らした。

「ここまで来て……!諸隊を全員かき集めても、幕府軍にはるか及ばぬというのに」

参謀の湯川昭蔵が、額を押さえて俯いた。
今から、隊の増員などできるはずもない。御所の公家や京の町人には、奇襲をかけることを内々に伝えてある。危険が及ぶ恐れがあるため、町から遠く離れた場所に避難するように指示していた。いや、それより以前に、京の民は幕府による立ち退き令で、屋敷を離れた者も数多くいた。既に京の町に、味方は残っていない。


また子は、重い口を開いた。

「……京都市中の町人は、早々に屋敷を捨てて去った者が少なくないッス。その分、隊の頭数は減ることになるッスけど、私には引き留められなかった……彼らには、屋敷や土地より、大切なものがあるから。護らなくてはいけないものがあるから」
「わしらが護るのは京の町です。だが、本当に護る意思のあるものを集めても、これだけにしかならない」

昭蔵は、落ち着いた声で隊士達の顔を見渡し、

「勝ち目のない戦になるかもしれません。総督、決断を」

と、また子に問うた。
だが、また子は迷わなかった。奇襲を決めた時から、彼女の決意は揺るがないものになっていた。

「ここで私達が退いたら、町を易々幕府に引き渡すことになる。私達が食い止めれば、去った者もきっとまた戻ってくる。今更引き返すなんて、ダサい真似は出来ないッス」

また子がそう言ったので、昭蔵は小さく頷いて、御所近辺の地図をざっと広げた。

「よし。少ない人数でも戦える策を練ろう。わしらの力で、出来ないことはない」

空が次第に明るんでくる。戦いの時は、着々と近付いていた。


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