鬼と華

□鬼百合の唄 第六幕
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その時であった。蜊御門から見て、北側の中立売御門の方面に異変が起こった。誰かの叫びが聴こえたかと思うと、隊列をなしていた兵士達の列が一気に乱れ始めた。

薫は、何事かと警戒して眼を凝らす。すると北側から、ふたりの侍が兵士達を斬り飛ばしながら、物凄い勢いで蜊御門へと突き進んできていた。

(まさか……!)

遠目からでも、薫には誰がやって来たのかすぐに分かった。

ふたりの侍の猛烈な進攻に、兵士達は引き腰になり道の両脇に寄る。威嚇に槍を向けられつつ、彼らは堂々とまた子の側まで歩み出て、幕府軍の指揮官に向かって刀を抜く構えを見せた。

「なっ……!何だ貴様らは!殺れ!殺れ!!」

指揮官が喚くと、兵士の何人かが、雄叫びをあげてふたりの侍に斬りかかった。
すると、長身の侍がぐっと姿勢を低くして刀の柄を握ったかと思うと、眼にも止まらぬ早さで刀を抜いた。右足を前に出して膝を折り、左足は後方に伸ばし膝を地面近くに接するようにして、右手一本で斬りあげたのだ。見事な逆袈裟切り。兵士はその一太刀で、鮮血を噴き上げて後ろに吹き飛んだ。

特徴的な居合い術に、兵士達は口々に呟いて戦く。

「河上万斉……人斬り万斉か、あの男!!」

そしてもう一人の侍は、隻眼であった。冑鎧もつけぬまま、着流しに抜き身の刀一本で、幕府軍を前にはばかり立つ。次々に襲いかかる兵士達に動じる様子もなく、華麗な身のこなしで斬り捨てていく。
ふたりの侍の驚異的なまでの強さに、挑もうとする兵士はいなくなった。唖然とする兵士達を前に、隻眼の侍は朗々とした声で告げた。

「鬼兵隊総督 高杉晋助、参る」
「き、鬼兵隊だと……!?」

幕府軍の指揮官が、目を見開いて呟いた。

「馬鹿な……、攘夷戦争時代の義勇軍が、なぜ此処に……」
「野暮用を思い出して、地獄から甦ってきたのさ」

晋助は唇を歪めて笑うと、刀を正面に構えて言った。

「ここからは、俺達が相手だ。この頚、取れるモンなら取ってみやがれ」

薫は胸のすくような思いで、突如現れた晋助と万斉の姿を見つめた。やっぱり来てくれた。心のどこかで、彼女は安堵していた。ふたりの加勢は、どんな大群を味方につけるよりも心強かった。
しかし、幕府軍からすれば、たかがふたりの浪士を前に屈する訳にもいかない。指揮官は嘲るように笑って、晋助と万斉、そしてまた子を指差し、兵士達に指示を下した。

「鬼兵隊と、人斬り万斉を味方に付けるなぞ、なんと愚かな!まとめて撃ち殺せ!!撃ち……」

バン!!!

銃声が轟いた。しん、と辺りが静まり返ったあと、どっと音がして、指揮官が仰向けに倒れた。
また子が撃ったのであった。拳銃に残っていた弾で、司令官の左胸を貫いたのだ。最後の銃弾は、自害の為などではない、仲間たちを殺めた憎き仇を己の手で葬り去るために、残しておいたのだった。

「アンタの敵は……ここッスよ」

また子は、唇の端を歪めて笑った。

「敵を前に、余所見するなんて、真似は……」

そこまで言って、彼女はガクッと膝をついて倒れた。満身創痍、体力が限界にきていたのだ。
咄嗟に晋助がその腕を掴み、屋根の上の薫に向かって小さく頷いて見せた。

(晋助様……!!)

晋助と万斉の登場、そして司令官の銃殺に、幕府軍の兵士は一様に呆気にとられている。薫はその隙をついて屋根から飛び降りると、 一目散にまた子の元へ駆け寄った。また子は十分に闘い抜いた。この場を退かせて、別の場所へ連れて行かなくてはならない。

「掴まって、さあ!」

薫はまた子の腕を己の肩に回し、担ぎ上げようとした。だが、幕府軍がそれに気付いた。奇襲の主犯である総督また子を逃がすまいと、何人かが斬りかかってくる。
しかし、晋助と万斉が女達を護る楯となった。彼らはすかさず兵士らを斬り捨て、また子を逃がそうとした。

斬り合いの最中、一瞬だけ、晋助の目線が薫に向けられる。薫は彼の眼をしっかりと見つめ返して、力強く頷いた。

(晋助様、どうかご無事で……!)


それから晋助と万斉は、薫とまた子の退路を守るため、蜊御門の手前で幕府軍と激しい攻防を繰り返した。南側は、爆発の火が辺りの屋根に燃え移り、物凄い勢いで火が広がりつつあった。火の海に囲まれるようにして、ふたりの侍は戦った。

万斉は、立ち向かう幕府軍の兵士を、居合いで圧倒していった。刃は兵士の急所を的確に捕らえ、彼が剣を抜いた後には、足許に屍があった。
晋助は万斉と背中合わせとなり、刀の刃こぼれが酷くなれば敵の刀や槍を奪い、武器を変え手を変え、手足を使い闘っていた。時に鞘までをも武器にして、相手の眼を突いて動きを封じていた。

凄まじい戦い振りだった。攘夷戦争時代の記憶が呼び起こされ、獣を覚醒させたようであった。

薫とまた子は、北側の中立売御門の方面から逃げていた。薫に肩を担がれ、覚束ない足取りで逃げる途中、また子は幾度となく振り返り晋助を見つめていた。薫ですら背筋がゾッとするほど、人とは思えぬ闘い様であった。

「凄い……」

闘いを垣間見たまた子は、掠れた声で呟いた。

「まるで……鬼が闘っているみたい…………」

晋助は、髪から爪先まで、全身に血を浴びていた。目に巻いている包帯も、返り血で赤く染まっていた。
今まさに、晋助は幕府軍の兵士から奪った槍を振りかざし、兵士達を突き飛ばそうとしている。

それはまるで、鬼神のごとき強さ。
赤鬼が槍をかざし、闘っているように見えた。


京都御所周辺で起きた一連の武力衝突事件は、蜊御門が攻守の要地となったことから、蜊御門の変と呼ばれ京の歴史に刻まれた。
果敢に闘った幽撃隊は数百名もの死者を出し、京都市中も戦火によって約三万戸が焼失するなど、京都市街に大きな爪痕を残すこととなった。



(第六幕 完)
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