鬼と華

□鬼百合の唄 第七幕
1ページ/5ページ


蜊御門での幽撃隊と幕府軍の武力衝突から、一夜が明けた。戦いは一日で終わったものの、京の戦火は消えずに燃え続いていた。この大火は三日三晩と長引き、多くの民家が焼失することとなる。

晋助と万斉が幕府軍を足止めしている間に、薫はまた子を乗せて馬を駆け、赤鬼寺に彼女を運び込んだ。赤鬼寺に着いてから、また子は精魂尽きたように眠ったままである。
晋助と万斉は幕府軍と攻防を繰り返した後、戦火の広がりに幕府軍が自ら撤収するのを見計らって、寺に戻ってきた。焼け落ちる町を潜るように逃げてきた二人は、体に多くの火傷を負ってしまった。


薫は、僧坊の風通しのいい部屋にまた子を寝かせて、晋助の火傷の手当てをしていた。

「痛みますか?」

着流しを脱いだ晋助の背中には、火の粉が飛んだ無数の火傷の痕があった。
薫が薬を塗りながら尋ねると、

「数日も経てば治る。お前は、怪我はないか」

と、晋助は薫の体を気遣った。
薫はやるせないような気持ちで唇を噛んだ。本来ならば、幕府軍に一人飛び込むような真似をした自分を、諌め叱っても言いはずなのに。晋助は、また子と己の窮地を救いに来てくれたのだ。

すると、晋助が布団に横たわるまた子を見て尋ねた。

「あの娘は、大事ないのか」
「ええ、外傷は然程でも……ですが、疲弊しきっているようで、眠ったままです」

薫が答えると、晋助はそうか、とだけ答えて、自らの手元に視線を落とした。

その時、薫はふと思った。晋助が御所に来てくれたのは、薫自身の為だけではない。彼はもしかしたら、義勇軍を率いて戦うまた子に、自分と近いものを感じたのかもしれない。
実際に晋助は、幕府軍に対して鬼兵隊総督と名乗った。攘夷戦争の終結で、粛清により仲間を失ったものの、彼はまだ鬼兵隊総督の名を捨ててはいないのだ。

そして、鬼兵隊総督を名乗った晋助の隣には、人斬り万斉こと河上万斉がいた。幕府軍相手に居合いの腕で圧倒し、晋助に退けをとらない戦いぶりであった。
晋助と万斉が共闘して繰り広げた凄烈な戦いは、見るものに衝撃を与えるほどだった。だが、幽撃隊の奇襲作戦を冷ややかに見ていた万斉が、何故刀を抜き戦ったのか。薫は疑問だった。

「晋助様、どうして万斉様まで、御所に来てくれたのでしょうか」
「さあな。彼奴には貸しがある。借りを返すつもりで、来たのかもしれねえな」

晋助がそう答えたので、薫は首を傾げた。

「貸し、と言いますと……?」
「万斉が奉行所の牢獄に囚われていた時、牢を破って彼奴を連れ出したのは俺だからだ。昨日の朝だって、俺が一人出ていこうとしたら、何も言わずに着いてきて、自分から馬の手綱を引きやがったぜ」
「そうでしたか…………後で、万斉様の手当てもしないと」
「放っておけ。お前に行かねえと言っておきながら、俺以上に働いたのが格好つかねぇんだろう。寺に辿り着くなり、一人で講堂の中に引っ込んじまったぜ」

晋助が低い声で笑ったので、薫も困惑して微笑んだ。
晋助は貸し借りと言ったが、薫には、万斉は自分や晋助の為に剣を抜いたような気がした。将来、晋助が鬼兵隊を再び結成するならば、きっと万斉が頼もしい右腕になるだろう。



手当てが終わり、着流しに腕を通した所で、晋助が尋ねた。

「薫、お前は何故、無茶をやらかしてまで、あの娘を救おうとした?」

薫は、言葉に詰まって黙り込んだ。眠り続けるまた子の、横顔をちらりと見る。鬼百合の花を眺めて交わしたまた子との会話は、晋助には打ち明けたくなかった。

彼女が無言を貫くので、晋助は根負けして笑った。

「まあ、いい。お前が助けたかった命は救われた訳だからな」
「いいえ……」

薫は俯いて、数度かぶりを振った。

「確かに、晋助様と万斉様のお陰で、あの方を救うことは出来ました。でも、京の町も幽撃隊もおそらく壊滅でしょう。結局………救うことしか、出来なかったのです」
「あの娘が護ろうとしたものまでは、俺達にゃあ、どうすることも出来ねえよ。それにあの大火は、まだ暫く収まりそうにねぇ」

晋助は、町の様子を思い出して言った。

「建物という建物を飲み込んで、火が町中に広がっていやがる。町が燃えて無くなった跡には、幕府や天人の手が入って新しい町が出来るだろう。
いくら強い信念があろうとも、時代の流れには、逆らえねえ時もある」

晋助は眠るまた子を見やって、静かに呟いた。

「奴らが愛した京の町も、これで終いだな……」


.
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ