鬼と華
□鬼百合の唄 第七幕
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蜊御門での事件からひと月程が経った頃。果てしなく続くような暑さが去り、京はようやく夏の果てを迎えた。赤鬼寺に咲き乱れた鬼百合の盛りは過ぎて、辺りにはススキの穂が揺れていた。
赤鬼寺には住職や僧侶らが戻ることはなく、薫達は変わりゆく京の街を見ながら過ごしていた。戦火で焼け野原となった町には、御所の再建と京都守護職の詰所建造のため、幕府直轄で大規模な工事が行われていた。
すみわたるような秋空には、幕府や天人の船が頻繁に行き来していた。季節の移り変わりと共に、京は新たな町へと生まれ変わろうとしていた。
ある日、蜻蛉の飛び交う赤鬼寺に、来島また子の甲高い悲鳴がこだました。
「嫌ッス〜〜!!」
また子はそう叫んで、僧坊の渡り廊下を走り抜けていく。
「帯なんて堅苦しいだけッス!!私はこのままでいいッスから、構わないで!!」
「駄目です!」
薫がぴしゃりと言って、逃げようとするまた子を追いかける。その両手には、襦袢と帯がしっかりと握られていた。
また子が丈の短い着物で、脚や臍を露出した姿で晋助に付きまとうので、薫はそれを止めさせようと必死なのだ。
「肌を見せて、殿方の気を惹こうとするなんて!人前で、そんなに肌を曝すものではありません!はしたない!」
「へへーんだ、さては私の美貌に嫉妬してるッスね!?悔しかったら、アンタの着物も短くしたらどうッスか!」
「また子さん!!」
まるで子どもの喧嘩のように、薫とまた子はバタバタと寺の廊下を走り回っている。
その頃、万斉は講堂で三味線を弾き、晋助はその隣で煙管をふかしていた。万斉は、女達のあまりの騒々しさに顰めっ面をして、撥を動かす手を止めた。
「あの娘、また来ているでござるか」
「あァ」
「薫が呼び寄せたのでござるか」
「さァな」
晋助が素っ気なく答えると、万斉は長い溜め息をついて、迷惑そうに眉をひそめた。
「全く……喧しくて、三味線の音も聴こえぬでござる」
「好きにさせておけ」
晋助はふっと笑って、空に向かって紫煙をくゆらせた。
また子と薫の、賑かに騒ぐ声が、赤鬼寺に響き渡っていた。
ふたりの女が同じ男を想い、眺めた鬼百合の景色はもうない。だが季節が巡れば、花は再び返り咲く。そして乙女の恋の唄は、変わらずに詠い継がれるのだ。
(鬼百合の唄 完)