鬼と華

□精霊蜻蛉 第五幕
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数日振りに鬼灯屋に戻った薫は、晋助の側で泥のように眠った。色々な事があった一日で、ふたりとも疲れきっていた。
独りで眠るのではない、お互いの体温を側に感じて休む安心感に、どこまでも深い眠りを貪った。


そして、揃って迎えた朝。
晋助は鬼灯屋の女中に熱い湯を沸かさせ、薫を湯あみに誘った。朝から一緒に湯槽に入るなどとんでもないと、薫はかたくなに拒んだが、晋助が許さなかった。
薫を強引に引きずり込むようにして、朝方の湯に浸からせる。
晋助と距離を置いて、不機嫌極まりない表情で体を隠している彼女の様子に、晋助は苦笑いした。

「嫌われたものだな」
「なぜ、わざわざ一緒に入るのですか。一人になりたいと仰ったのは、晋助様じゃあありませんか」

“一人にさせてくれ”、と晋助が言ったことを引き合いにして、薫は皮肉をこめて言う。すると晋助は可笑しそうに笑って、濡れた髪を無造作に手で撫で付けた。
その拍子に、潰れた左目の傷があらわになる。人前では決して包帯を取らないが、薫の前では、何も憚ることなく傷跡をさらすのだ。そのことを思って、薫は何とも表現し難い切なさと愛しさが入り交じった気持ちになった。

晋助は片方の瞳で、薫の頭から爪先までを繰り返し眺めている。熱っぽい視線がいたたまれなくて、薫が足を閉じ両腕を交差して乳房を隠すと、彼は小さく笑って言った。

「男ってェのは、大概我が儘な生き物だ。女一人に惑わされるてめぇが許せねェくせに、好いた女は手許に置いておきてェのさ。……いつだって、触れられるように」

そして、薫の手首を掴んで引き寄せたかと思うと、ゆらりと傾いた彼女の体を、一瞬にして腕の中に閉じ込めた。
馴染んだ体温。何度も触れ合った素肌の感覚に、薫はたちまち深い安堵に包まれるのを感じた。邪険にしても、肌に触れれば嫌でも実感する。この温もりが、恋しかったと。

晋助の穏やかな声が、耳のすぐ側から聴こえてくる。

「俺のものだと……触れて、この手で抱いて、確かめられるように」

そして彼の両手に頬を抱えられ、唇が合わさった。器用に動き回る舌先に口腔を侵されながら、朦朧とした頭で考える。
つくづく、男というのは身勝手だ。心の中へ、体の中へと容赦なく侵入してきて、暴れ馬のように振る舞い掻き回していく。けれど、そんな風に翻弄されても、結局側に戻ってきてしまうのは、許してしまうのは、愛しているからだ。それも、単純な理由だ。


息苦しくなるほどの長い口づけの後、晋助の両手は首筋を撫で下ろして鎖骨の窪みをなぞり、胸の膨らみに辿り着いた。手のひらで包み込むようにして、上向いた先端を指で弾く。硬くしこった先に軽く爪を当てられ、薫はぴくりと腰を震わせた。

「晋助様、だめ。今は、堪忍して」
「お前に悪いことをした。だからこうして……いつもより、可愛がってる」

晋助は身を屈めてそこを口に含むと、舌先でころころと転がした。薫の唇から甘ったるい悲鳴が立ち上ぼり、背中をしならせて愉悦を伝えてくる。

その間にも、晋助の手のひらは臀部を這い、脚の付け根を辿り、薄い下生えの間に滑り込む。湯とは別の温かいものがとめどなく滲み出ているのを知って、晋助は切なげな溜め息をついた。

「震えてる」

そして、彼女の耳許で囁いた。

「気をやっても、構わねェぞ」
「あ、っ……!」

主張する小さな突起を探り当てて親指の腹で攻め立てながら、奥の方へと中指を差し入れる。そして潤んだ襞の奥、ざらざらとした部分を強く指先で擦りあげた。
体の芯を震わすような刺激に、薫は天井を仰いで背中を反らせた。

「っ、あーー……!」

二度、三度。繰り返す度に、悩ましい声を上げながら薫は体を揺らす。やがて何度目かで、ぴくん、と柔らかい足が立て続けに痙攣した。晋助の手指に翻弄されて、高みに登り詰めたのだ。

余韻が体の中にさざめく。寄せては返す波に揺られるような心地好さを感じながら、大きく息をして晋助の胸にもたれ掛かる。
すると口の中に、晋助の指が強引に押し入ってきた。舌の上や歯の裏を辿る指先は甘酸っぱい味がして、今しがたまで自分の体内を犯していた指だと気付く。口腔を巧みに躍る指先に、薫はたまらずに吸い付いた。つう、と唾液が顎をつたい、首の方へ流れていく。
唇でくわえたまま、振り向き様に晋助を見る。ほしい。そう目で伝えた。このまま晋助を迎え入れて、一番深いところで溶け合って……こんなにも愛しているのだと、言葉では教えられないことを証明したい。


だが、晋助は薫の口から指を抜くと、額に口付けをして彼女から離れた。

「続きは、今度だ」
「えっ……」

晋助が先に湯から上がる。均整のとれた後ろ姿を見上げつつ、薫は思わず己の体を抱き締めた。まだ、晋助を欲しがって潤みが止まないというのに。
物欲しそうな顔をしていたのがばれたのか、思惑が読まれたのか、彼は薫の様子に目許を緩めて微笑んだ。

「俺も言葉が過ぎたが、断りも無しに勝手に出ていくお前も、大概愛想が足りねェよ」

そして湯上がりの浴衣に袖を通しながら、意地悪く言う。

「仕置きというやつだな」
「……晋助様!」

まさか湯あみに誘った時から、半端なままで終わらせて、焦らそうなどと考えていたのではあるまいか。
そんな憶測がかすめて、薫は憤慨してそっぽを向いた。


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