鬼と華

□君に捧ぐ百代草 第二幕
1ページ/5ページ


江戸一番の発明家として名高い平賀源外に逢うため、晋助と薫はかぶき町を目指していた。
江戸の町を歩くのは、薫にとっては数年ぶりのことだ。天高く聳え立つターミナルを背に近代的な高層ビルが立ち並び、その上空をあまたの宇宙船が飛び交っている。道は舗装され、かつて帯刀した侍や駕籠が通った道には、堂々と歩く天人の姿があった。

かぶき町という所は江戸一番の歓楽街で、天人の文明がもたらした娯楽施設が道なりに続いていた。派手な電飾や看板が壁沿いを埋めつくし、騒がしい音楽がどこからか聴こえてくる。

「江戸では近々祭りがあるそうだな」
「お祭り?」
「天人襲来から今年でちょうど二十年が経つ。鎖国解禁の節目を記念したものさ。俺達にとっては、皮肉な話だな」

天人を排除し国を護ろうと、数多の若者達が戦って命を落としたのは最早昔の話。今は開国の記念行事すら執り行われるのだ。
時代が流れていることを、薫は痛感した。昔、三郎が語った江戸の町は、庶民が軒下で菊などを植え、その美しさに心を癒されるような風情があるのではなかったか。それが今、開国のもたらした商業施設や遊興施設が溢れるばかりだ。


二人が目指していた“源外庵”は、かぶき町の外れに立つ、大きな作業工場であった。
薫はおそるおそる、扉から中を見た。すると、ゴーグルをつけて作業場を歩き回る小柄な老人と目が合った。彼が三郎の父、江戸一番の発明家、平賀源外。

彼は訝しそうに晋助と薫をじろじろと見て、尋ねた。

「なんだい、アンタら」
「私達、戦地で三郎様と共に過ごした者です」

薫がそう言って名乗ると、源外は追い返すことこそしなかったものの、あからさまに迷惑そうな顔をした。

作業場の機械や工具類は白く埃を被っていて、暫く使われていなかったことが分かる。源外は作業場に散乱している金属や部品類を広い集め、工具箱の中に放り投げていた。

動き回る源外の背中を目で追いかけながら、薫は言った。

「三郎様は、お父様が有名なカラクリ技師なのだと、いつも誇らしげにお話していました。幼少の頃から、お父様と一緒に機械に熱中していたと。戦地でも、カラクリのこととなると、寝食を忘れて没頭していました。顔中を油まみれにして、真っ黒に汚して……」
「…………」

彼女は戦地での三郎の思い出しながら、できるだけ詳細に源外に伝えようとした。

「ずっと、お父様を案じておられました。人の為になるカラクリ技師になりたい、そんな風に願っていたのに、天人との戦いでカラクリを武器に使おうとしてから、以前とは変わってしまったと……」
「…………」

だが、薫がいくら話しても、源外は口を一文字に結んだまま片付けを続けていて、何も語ろうとしなかった。

薫は困って、助けを求めるように晋助を見る。晋助は一呼吸置いて、

「剣はからっきしだったが、機械には滅法強い男だった」

と、言った。

「“俺は戦しに来たんじゃねェ、親子喧嘩しに来たんだ”ってな……いつもいつも、アンタの話ばっかりしてる変わった男だったよ」
「昔話なら、今は聞きたくねェ」

ようやく口を開いた源外は、突き放すように言った。

「俺ァ見たとおりの老いぼれさ。家内は早くに亡くして、知ってのとおり、一人息子も勝手に出てって勝手に死んじまいやがった。今はもう戻らねェモンを遠くから眺めて……お迎えがくるまで、こうしてたまにカラクリいじりながら、静かに暮らしてェだけよ」
「晋助様、もう……」

薫は晋助の腕を掴んで、帰ろうとした。
彼女は此処へ来たことを後悔していた。彼女自身が望んだこと、だが、源外は既に息子の死を過去のものとして、静かに過ごしているのに。戦地での三郎の様子を思い出に語ったところで、それは思い出などという言葉で語られるものとは違って、ただ古傷を抉るようなものに過ぎなかった。


帰り際、晋助は入り口をくぐろうとしたのをとどまって、呟くように言った。

「死んだ仲間の為に、俺達は何もしてやれねェ。虚しさ、苦しみ、憤り……どこにもぶつけようのねェ、アンタの気持ちは俺にもよく分かる」

源外の方をちらりと振り向いて、晋助は尋ねた。

「爺さんよ、最後にひとつだけ訊く」
「……何だい」
「アンタの息子をあんな目に合わせたのは誰だ?ただお国の為に、アンタの為に戦おうとした息子が、どうして無惨な死を遂げる必要があった?」
「……………」
「敵を討つこともせず……何にも牙を向けないまま、ただ老いていくのを待つのか?」

源外は何も答えずに、黙々と作業を続けていた。

しかし、薫は見逃さなかった。老いて頼りない肩が、小刻みにぶるぶると震えているのを。


.
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ