鬼と華

□君に捧ぐ百代草 第三幕
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薫は江戸市中で、かつての戦友桂小太郎と思わぬ再会を果たした。
彼と逢ったことを晋助に早く教えたい、薫ははやる気持ちで鬼兵隊の船へと戻った。

「ただいま戻りました」
「遅かったな」

船の甲板では、晋助が煙管を片手に紫煙をくゆらせながら、薫の帰りを待ち伏せしていた。
彼女の姿を見るなり、晋助は唐突に尋ねた。

「何を話していた?」
「……何のこと?晋助様」
「ヅラと逢っていたんだろう。奴に何か訊かれたか」
「ーーー!」

小太郎と話していた時、不審な人物に見張られていたのを思い出して、薫は合点がいった。おそらく晋助が鬼兵隊の部下に指示をして、外出した彼女の後をつけさせたのだ。

(最初から尾行されていたのね)

晋助は、薫がひとりで町を歩くことを良く思っていない。誰かに後をつけさせるなど、彼の考えそうなことだ。
薫は憤慨して言った。

「私を付けていた者がいるのなら、何を話したかなんてお分かりのはずでしょう?少し、昔話をしただけです」
「気を悪くするな、薫。今は祭典を控えて、幕府の犬共が市中を彷徨いてる。護衛として人をつけただけだ。まさか、指名手配中の攘夷浪士と密会してるなんざァ、思いもしなかったがな」
「桂殿は大切なご友人ですよ。そんな言い方はよしてください」
「ご友人ねェ」

クク、と晋助は可笑しそうに笑った。

「お前がアイツを友人だと思うのは勝手だが、俺達はそんな生温い関係じゃねェ。ヅラは相変わらずお国の為に攘夷活動に奔走してるようだが、奴の甘っちょろい攘夷の思想はどうにも相容れねェ。昔から、うまが合わねェのさ」

それに、と言って、晋助は薫の頬をそっと撫でた。切れ長の鋭い瞳にじっと見つめられれば、今にも吸い込まれてしまいそうな感覚がする。

「アイツは、お前を好いてる。いつお前をかっ拐うか知れねェ」
「……晋助様!」

薫は真っ赤になって反論した。確かに昔、攘夷戦争の頃に小太郎から好意を打ち明けられたことはある。だが、それはもう何年も前の出来事だ。

「そんなこと、ずっと昔の話じゃありませんか。桂殿は、今は決して……」
「確かめたのか?アイツの本心を」
「…………」

再会した小太郎の、真っ直ぐな眼差しが脳裡を過る。
小太郎が薫をよく見ていたからこそ、彼女がどんな風に晋助を想っているか、彼は誰よりも知っているのだ。

薫は恨めしい思いで、じっと晋助を見上げた。

「もし、桂殿に来いと言われたとして……晋助様は、私が容易く靡くとお思いなのですね。そんなに薄情だと思われているなんて、心外です」

ツンとして、薫は晋助から顔を背けると、そのまま甲板を横切って船内に向かった。

「薫」

晋助が煙管をくわえたまま、大股で後を追ってくる。
聴こえないかのように無視をして船内を進むと、焦れた晋助が、腕を伸ばして肩を掴んできた。

「待て、薫」

晋助の片腕の力で、薫の足は縺れ体がくるりと反転する。晋助は彼女を壁際に追い込み、逃げ場をなくすように壁にトンと手をついた。

「機嫌を直せ。お前を疑ってる訳じゃねェ」

唇をへの字にしている薫の様子に、晋助は目許を緩めて微笑んだ。そして彼女の手をとると、指の腹で優しく撫でながら言った。

「……近々祭りがあるだろう。夜、人の群れに紛れれば人目にもつかねェ。一緒に行かねェか」
「開国記念式典にですか?」
「あァ。面白ェモンが見れるぜ」
「面白いもの、って……」

薫は、晋助が源外にカラクリ芸を披露させるよう、裏で手引きしたのを思い出した。
不安そうに眉を寄せて、彼女は晋助を見上げた。

「源外様と、何か関係がおありですか」
「カラクリ芸の演目には打ち上げ花火があると訊いた。晩秋に花火なんざァ、なかなか風流じゃねェか」

晋助ははぐらかすように言ってから、握っていた薫の手を手前に引き寄せて、彼女を抱き締めた。

「お前にやった結城紬があるだろう。祭りには、あれくらい艶やかなのが丁度いい……」

祭りには結城紬を着てほしいと遠回しに伝えながら、晋助は薫の髪に唇を寄せた。

晋助の胸元からは、いつも煙管を忍ばせているせいで紫煙の香りが漂っている。その匂いに包まれて、薫はそっと目を閉じた。

(……ずるい人)

薫自身のことは、本心の裏側まで探ろうとするのに、彼女が知りたいことの肝心な部分を、晋助は簡単に明かそうとしない。

甘い言葉でかわされて、それ以上踏み込ませない晋助の狡さを知りながら、結局のところ享受してしまうのは、まさしく惚れた弱味というものだ。祭りが刻々と迫りつつある中、晋助が何をしようとしているのか、まだ謎のままであった。


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