鬼と華

□寒椿の追憶 第五幕
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冬のあいだに咲き誇った椿の花は、陽射しが柔らかくなるにつれ、一つ、また一つと花を落とす。
花の終わりが春の訪れを告げる頃、鬼兵隊は新たな船を一艘、無事に拠点として迎えた。荷の運び込みが完了し、隊士や船員達は意気揚々と新しい拠点へと移った。


真新しい船は油の匂いに満ちて、傷ひとつない外観と内装は艶を出したように輝いて見える。薫は、また子と武市と共に、船内を見て回った。

「新しい船はいいッスね!」

また子がはしゃいで言う。
設備を順繰りに眺めるうちに、船の中央部に位置する重厚な造りの扉の前に来た。

「武市先輩、ココは何の部屋ッスか?」
「武器庫です。危ないので開けてはなりませんよ」

忠告を無視してまた子は扉を開けようとしたが、引いても押してもうんともしない。

「アレ、鍵がかかってる……」
「だから、危険だから開けてはいけないって言ってるでしょ。ホンットに話を聞かない人なんですから」

薫は二人のやり取りにクスクス笑いながら、先へと促して船内を歩いた。船員達が新しい設備に喜び勇んで行き来するのを見ていると、慣れ親しんだ船を離れる淋しさも紛れるようだった。

「前よりも立派ですし、随分広々していますね」
「そりゃあ、最新の造船技術を駆使した船艦ですからね」

武市はそう言って、胸を張った。

「晋助殿もさぞ喜んでいるでしょう。この船で、新たな世界へ漕ぎ出すのですから」



◇◇◇



武市は武器庫と言ったが、船艦の中心に位置するその部分こそが船の中核、“紅桜”の量産工場である。
そこでは、刀鍛冶の村田鉄矢を挟んで、晋助と万斉が立っていた。

「ほう。これが例の“生きた刀”か」

晋助は初めて目にする剣の形状に、感嘆の声を漏らした。幾つもの機械(カラクリ)に繋がれて、剣の刀身が脈打つように光っている。
彼の隣では、腕組みをした鉄矢が自ら設計した機械(カラクリ)を誇らしげに眺めていた。

「私の長年の計画が叶ったのは、貴殿らの援助があってからこそ!!誠に、有り難い話!!」

鉄矢が何か喋る度、晋助は不快そうな顰めっ面をする。やがて彼は我慢出来ずに、万斉に耳打ちした。

「オイ、こいつァいつもこんなでけェ声で喋るのか」
「そのようでござるな」
「ところで高杉殿!!」

鉄矢が突然声を張ったので、晋助は苦笑した。

「何だ」
「この“紅桜”、ご存じのとおり使用者に寄生することで能力を向上させる!!しかし、刀匠として未曾有の試み故、どれ程の威力も発揮するものか、正確には測りかねるもので!!」

鉄矢は険しい表情となり、急に声の調子を落とした。

「鍛冶屋は刀の持ち主を選べない。どうか、紅桜を持つのに相応しい侍の許へ、持たせていただきたい」
「斬れる刀を打つ……こいつはアンタがたったひとつの目的のために精魂尽くして造り上げた、云わば芸術さ。そんな刀の前じゃ、士道や節義なんぞくだらんものは必要ねェ。この妖しくも美しい光を愚直なまでに欲する奴なら、自ずと剣がついてくるだろう」
「確かに、刀匠は斬れる刀をうつことに命を懸ける。侍は実直に、剣のみを求めればよいということですな!」

鉄矢は頼もしげな眼差しを、晋助と紅桜交互に向けた。

「侍が剣そのものとなることで、紅桜は初めて完成する。斬る、その目的の為だけの、究極の存在となりうるのです!」

刀匠は貪欲に斬れる刀を追求し、剣に威力を求める。近代の戦艦に等しい戦闘力を有する剣など、狂気じみた品物だ。晋助は鉄矢を見てそう思ったが、開国の時代に逆行するような思想は酔狂でもあり、何より刀の持つ美しさに、彼は魅せられていた。

紅桜によって江戸を火の海とする。刀匠を巻き込んだ計画が、静かに動き出した。


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