鬼と華

□花兎遊戯 第一幕
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華陀の身柄を春雨に引き渡す、その準備には、晋助は万全を期した。何せ春雨から逃亡を図ったのは、今から十年以上前であることに加え、顔も名前も変えて地球に潜伏していたのだ。第四師団団長として春雨に属していた時の面影は、今の華陀にはない。

晋助は鬼兵隊の部下を使って、華陀について調べあげられる限りの経歴を洗い、仔細に書状へとしたためた。それをもって春雨と接触を図ったところ、身柄の引き受けに現れたのは、第八師団の幹部を名乗る男だった。

「春雨第八師団団長の勾狼だ。この度は遠路はるばる、御苦労だった」

狼のような風貌の天人である。
勾狼は気さくに挨拶をすると、牢の中にいる華陀を一瞥した。当の華陀は視線を合わせようともせず、そっぽを向いている。

「……ほう。“宇宙に咲く一輪の花”と、よく言ったものだ。時は経てど美しさは衰えない、辰羅族とは奇妙な民族だな」

手枷をした華陀を、勾狼の部下が両脇から抱えて牢から連れ出した。彼女の手に分厚く包帯が巻いてあるので、勾狼は怪訝な表情で晋助に尋ねた。

「ん?怪我をしているのか」
「船で粗相をしてな」

晋助は事も無げに言い、船の通路を先導して歩いた。彼にとっては、華陀の身柄は春雨との交渉に使う駒に過ぎない。それに薫に危害を加えようとした女など、一刻も早く船から立ち退かせたい。そんな思惑が働き、彼の歩みは早かった。

勾狼は晋助の隣に並んで歩きながら、簡単に自らの立場の説明をし始めた。

「我々第八師団は、春雨の組織内の紛争処理、調整役を担ってる言わば掃除屋さ。春雨は提督の元に十二師団が実働部隊として動いてるが、何せ宇宙中のならず者の集まりだからな。軋轢を生むような反乱分子は摘み取り、組織を裏切った奴には制裁を下さにゃあならねえ。この女が確かにかつての第四師団団長なら、俺たち第八師団にとっちゃあ、積年追いかけていた標的がやっと現れたことになる」

それに、と勾狼は苦笑する。

「持ち逃げされた金もキッチリ返してもらわにゃあ、俺達の面子が立たないんでね」
「そう簡単にいくかねェ」
「どういう意味だい、鬼兵隊のお頭さん」
「女は口が固いうえ嘘が上手い。どうやって吐かせるつもりだ?」

晋助がそう尋ねると、勾狼は鋭い牙を覗かせながら、耳の側まで裂けた口で、恐ろしげな笑いを浮かべた。

「吐かないなら、吐かせるまでさ。方法は、幾らでもある」



◇◇◇



それから数日後、晋助は単身で春雨の母船を訪れた。勾狼から直々に、華陀が己の罪を認めたとの通信を受けたためである。
また、彼女が賭博場で儲けた金の隠し場所も判明し、その詳細を聞き取りに行くためでもある。鬼兵隊は、地球における春雨の手足となって動いていた。華陀の身柄の他に必要なものがあるなら、それを捜すのは鬼兵隊の役割となる。


当の華陀は、春雨の巨大な母船にある牢獄に放り込まれていた。彼女の変わり果てた風貌を見た瞬間、晋助は言葉を失った。
気高く美しい、孔雀姫の面影はどこにもない。みすぼらしい獄衣、荒れきった髪の毛に窶れた頬。どこを捉えているのか分からない、虚ろな瞳。晋助が格子越しにいるにも関わらず、その存在にすら気付いていないようだった。

晋助は彼女をじっと見下ろし、尋ねた。

「金の在り処を吐いたそうだな」
「ふふふ……」

華陀はひきつった笑いを浮かべながら、ひびの入った椀を片手に、どこかから拾ったナットを転がしていた。

「丁か半か……丁か半か……」

彼女がぶつぶつと呟くのが聴こえる。ナットをサイコロ代わりに、一人で丁半をしているのだ。

おそらく、金の在処を吐かせるため、執拗な拷問を受けたのだろう。それも、正常な精神が崩壊してしまうくらいの。賭博場を仕切っていた時代を思い出しているのか、不気味なうわ言を繰り返している。
かつては第四師団団長として、また、かぶき町の四天王の一人として、名を馳せた女性である。一体どれ程の拷問を受ければここまで堕落するものかと、晋助は春雨のやり方の恐ろしさを感じていた。

もうまともな会話は出来そうにないと、晋助は踵を返した。すると、ちょうど華陀の牢獄へと、やってくる人物がいる。

(……あの風貌は……)

目深に被った帽子の影から、辰羅族の特徴である尖った耳が覗いていた。水を持っている所からして、囚人達の世話をしているのだろう。


晋助は、後程合流した勾狼に訊ねてみた。

「この船には、華陀の他にも辰羅族が乗ってのか?」
「あ?ああ……あいつらの事かい?」

勾狼は、何とも言えない表情をして言った。

「かつて第四師団の支配権をめぐって派閥争いがあってね。その際に敗北した華陀は同調した仲間を連れて逃げたんだが、船に残った辰羅の連中は、十二師団より格下の、下部組織に格差げされたのさ」

今は猩覚という男が第四師団の団長を努め、彼の同族が部下に収まっているのだという。まさに辰羅は、種族間の争いに負けて春雨での地位を失ったのだ。

勾狼は自分の首の辺りを指しながら、手振りを交えて言った。

「制裁として、辰羅の連中の首には逃走防止装置が仕掛けてある。団長クラスしか外せないようにプログラムされてね。もし無断で逃走を図った場合、首輪に仕込まれた小型の爆破装置が作動して……まあ、あとは、ご想像のとおりさ」

彼の手が首を斬るように動いていくのを、晋助はじっと目で追った。今の春雨においては、辰羅族は奴隷同然。華陀への扱いも、それ相応の結果なのだろう。
辰羅族が春雨で繁栄を築いた時代は崩れ去り、やはり狐の居場所は、宇宙にもなかったようだ。このことを薫に何と報せようかと、晋助は考えたが、彼女なら騙されてもなお、憐れだなどと嘆くかもしれない。


勾狼の案内で母艦の通路を進んでいると、周囲の船員達が途端にざわつき出した。すると正面から、ぞろぞろと歩いてくる集団が見えた。

「第七師団のご帰還だぜ」

誰かが呟くのが聴こえる。その集団の先頭を行くのは、晋助より随分若い青年だった。橙色の明るい髪に灰色のマントを纏った、その目立つ姿をじっと目で追っていると、勾狼が耳打ちした。

「ありゃあ春雨第七師団。夜兎の精鋭が集まる春雨最強の部隊さ」
「……次は夜兎族か」

話に聞いたことはある。辰羅同様の傭兵部族、大戦により星が滅んだ絶滅寸前の希少な天人で、日差しを嫌い、透けるような白い肌をしていると言う。
第七師団の姿が見えなくなってから、勾狼は言った。

「同じ組織にありながら、夜兎は辰羅と対極にいる。武闘派揃いの第七師団は、昔から組織の屋台骨を支えてきた功績者さ。団長は年端もいかないようなガキだってのに、他の師団の中には、奴を崇拝してる連中もいるほどさ」
「……あまり、好ましく思っていないような言い方だな」

晋助がそう言うと、勾狼は苦笑して言った。

「ただ、組織のヒーローでいるだけなら文句はないさ。だが第七師団はその威光のあまり、組織の中には提督を廃して第七師団団長を担ごうとする風潮があってね。俺たちからしちゃあ、あまり望ましくないところがあるのさ」

軋轢を生むような反乱分子を摘み取る。先程勾狼は、第八師団の役割をそう語っていた。
晋助は彼の横顔を観察しながら、問いかける。

「…女狐の次の標的は、兎って訳かい?」
「協力してくれるかい。次は、兎狩りに」

勾狼は再び狼のような牙を覗かせて、にやりと笑った。



(第一章 完)
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