鬼と華

□花兎遊戯 第四幕(前編)
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薫が捕らわれてから、晋助は春雨の母艦に残っていたが、一旦鬼兵隊の船へと戻ることにした。
護送船に乗り込んだのは彼一人、薫が一緒ではないことを訝しむ隊士達をそれとなくかわしながら、彼は一番に万斉と武市を呼び出した。

事の顛末をかい摘んで説明すると、武市は動揺を隠せず青い顔で言った。

「まさか……薫さんが春雨に捕まっただなんて。悪い冗談でしょう晋助殿」
「冗談なら良かったんだがな。ご丁寧に、格子つきの狭い部屋に閉じ込められてる」
「そんな……」

すると横から、万斉が鋭い声で割って入って来た。

「晋助、薫を一人残したまま、何故船に戻って来た?」
「何だって?」
「昔のお前なら、薫を救けるために剣一本で飛び込んだ筈でござる。何がお前をそこまで慎重にさせるのか、男は年を取るとつまらなくなるものでござるな」
「お前にしちゃあ、随分挑発的な物言いじゃねェか」

晋助が唇の端を歪めて笑う。万斉はなおも続けた。

「第七師団を討つために、我らは勾狼とかいう狼男の芝居に付き合ったつもりでござったが……奴は我らに対しても一芝居をうったのでござろう。我らを利用するだけ利用して、いずれは始末するつもりにござる。薫を人質のように捕まえたのも、そのためではないか」
「では、どうしろと?」
「春雨の言いなりで動く、幾日もの不毛な日々。隊の誰もが退屈と不満に喘いでいる。ここで薫が囚われたと聞けば、それは一瞬にして怒りとなって噴き出すはずでござる。その矛先を、うつけ提督と狼男に向けてやればよい」
「万斉殿!何を無茶な……」

武市がすかさず抗議するのを、万斉は彼を睨み付けて牽制した。

「無茶などと言っている場合ではない。また子に薫が捕まったと言ってみろ。あの猪娘、後先考えずに一人でも敵地へ乗り込んでいくぞ」
「……それはまあ、あの娘ならやりかねないでしょうが……」
「また子だけでない。拙者も、そして武市、お前も薫には恩義がある筈だ。忘れるはずはなかろう」

万斉が言わんとしていることは察しがついた。薫の身柄が春雨の手中にある、一刻も早く取り戻したいという思いが先走っているのである。
武市は顎に手を添えて、難しい顔をして考え込んでいたが、暫くして首を横に振った。

「いえ……いえ、駄目です。春雨の後ろ盾を得るため、同盟まで漕ぎつけるには長い道のりがありました。我らを始末するつもりかどうかなど憶測に過ぎません。自ら同盟を破棄するような暴挙に出るなど愚の骨頂です」

彼は珍しく語気を強めて、万斉に反論した。

「だいたい、参謀はこの私ですぞ。万斉殿は、例のアイドルの奇妙な曲でも作曲していればいいのです」
「拙者の曲を奇妙と言ったのはこの口でござるか?」

万斉の手がにゅっと伸びて、武市の長い顎を掴む。とうとう二人が喧嘩腰になり、晋助は彼らの間に入って止めた。

「下らねェ言い合いはよせ。薫だろうとお前達だろうと、隊士の命を危険に晒すくらいなら、俺ァ春雨との同盟なんざァどうなってもいい」
「晋助殿……」
「だが大義を見失うな。連中が俺達を利用したように、俺達も連中を駒として使うために近付いたんだ。国と喧嘩をおっ始めようとしてる時に、強い駒は手元に置いた方がいいだろうよ」

同盟を覆す意向がないことを悟り、武市は安堵したように胸を撫で下ろした。
それから晋助は万斉に視線をやり、

「万斉、てめえの言う通り、薫は人質にとられてるも同然だ。こっちから手出しようものなら、春雨の艦隊が一斉に火を噴くぞ。この船は一瞬にして宇宙の塵だ。動くにしても、今は時機じゃあねェ」
「……」

と彼なりに諭したつもりだったが、万斉は意見が通らなかったのが面白くなかったようだ。咬みつく先を再び武市に向ける。

「武市、……いや、参謀殿。薫は春雨の船に居た方がいいと主張して、晋助と共に行かせたのはお主でござったな」
「アッ」
「もし薫の身に何か起こった時は、責任をとって腹を切るのが武士というものでござるよ」
「なっ、何ですと……!!」

青ざめる武市を余所に、万斉は大股でその場を去っていく。残された武市は晋助の様子を恐々と伺っていたが、

「武市」
「……ハイ」

名前を呼ばれ、か細い返事をして晋助を見上げる。

「……まさか晋助殿まで、私に腹を切れと……?」
「いいや」

晋助は首を振りながら、先ほど武市が後ろ盾を得るため″と言ったことを思い返していた。そして自らは強い駒は手元に置いた方がいい″と言った。春雨と同盟を結んだのは他でもない、国を覆すその時に、盾となり、時に駒となって突き進む、その役割を望んでいたからだ。欲しかったのは、その気になれば星を落とせる春雨の軍事力、春雨の強さだ。

それにも関わらず、春雨最強を謳われる夜兎の少年は檻の中にいる。
このままでは女狐を狩ってきた見返りどころか、春雨の雷槍は刃を折られ、薫は囚われたまま、提督や勾狼の思う壺だ。

「武市。狼と狐と兎、お前だったらどれにつく」
「はっ?」

晋助が訊ねると、武市は数度瞬きをして考え込んだ。

「どの生き物が利口かという話ですか?さてはて……異国の寓話では、オオカミ少年という言葉がありますし、キツネも人を化かすと言いますしなあ」

それから彼は、思い出したように手を叩いて言った。

「ウサギは前肢が短く後肢が長いですから、前に進むのが早くて縁起がいいと云われますよ。ウサギは月の使い、ツキ″を呼ぶ生き物ですから」
「ツキを呼ぶ、ねえ」

晋助はそう反芻して笑みを漏らした。神威の処刑の日取りは、いよいよ明日に迫っている。

彼は駆けに出ることにした。燃料と兵糧が十二分にあることを確かめてから、鬼兵隊の船は密かに第七師団艦隊の捜索に向かった。



(第四幕・前編 完)
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