SHORT STORYA

□My love story is......
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子どもの頃から本が大好きだった。絵本の空想の世界では、私はどんな主人公にもなれたし、自由自在に何処へでも行けた。本棚にいっぱいに詰まった一冊一冊、それぞれの物語の中に浸って自分がそこにいることを想像すれば、絵本の数だけ世界が広がるようだった。

本に関わる仕事がしたい。そう思って司書の資格を取り、大学の付属図書館に勤めて早五年。
家と職場との往復をひたすら続けた私の前に、彼″は夏の夕立のように突然現れた。



 〜 My love story is... 〜



彼と出逢ったのは、私の職場の図書館。大学の前期試験が終わって、夏休みに入る頃だった。
返却された図書をカートに積み、元の場所へと戻していると、通路に二本の脚がにょきっと投げ出されていた。誰かが倒れていると気付いた瞬間、驚きのあまり変な声が出た。

「ひいっ!」

サスペンス小説だったら、無惨なバラバラ死体があって、主人公が遭遇する所から物語が始まる。もしそうだったらどうしよう。背中がゾクリと凍り付くのを感じながら、恐る恐る通路を覗いた。

「あっ、あの……」

脚は、ちゃんと胴体と繋がっていた。学生とおぼしき男の子が、書棚にもたれ掛かってぐったりしていた。

「えと……大丈夫?」

おずおずと肩に触れると、Tシャツ越しの肌はぎょっとするほど熱かった。顔は、長めの前髪に隠れてよく見えないけれど、苦しげな浅い呼吸が聴こえてきた。

「ちょっと、ここで待ってて……!今、誰か呼んでくるから!」

私は彼にそう告げると、急いで他の職員を呼びに走った。
幸い、隣接する事務棟の医務室が空いており、彼は男性職員に両脇を抱えられて診察を受けた。どうやら高熱を出して、意識が朦朧としていたらしい。解熱剤を飲んだ彼は、医務室のベッドで眠ってしまった。

「起きたら、タクシーを呼んで帰らせましょう」

と医務の先生は言い残して、用事があるのか出て行ってしまった。医務室には眠ったままの学生と、付き添っていた私が残された。

ふと、脇机の上に散乱した本が目に入った。彼を運ぶ時、彼の鞄からテキストがバラバラと落ちてしまい、急いでかき集めてそのままにしていたのだ。
手持無沙汰だった私は、目についた一冊を手に取った。西洋美術史の教科書。文学部の学生だろうかと思いつつ、パラパラと眺めていると、見たことのある絵画が目に飛び込んできた。

(真珠の耳飾りの少女……)

黄色と青のコントラストと、絶妙な光と影の具合が印象的な絵だった。誰が描いたものだったっけ、そう思いながら眺めていると、ベッドの彼が苦し気に身動ぎした。

「う……」

熱で苦しいのかと思い、側に寄って声をかけた。

「先生、呼んでこようか?」

ところが、彼は目を瞑ったままゆっくりと首を振り、

「ここに……」

と手を伸ばし、手探りで私の手を見つけると、ぎゅっと握ってきた。

「ここに、居てくれ」

私のことを、恋人か誰かと間違えているのか、彼は私の手を離さなかった。思いのほか強く握られ、身動きがとれない。私は困り果てて、彼の顔を見つめた。

(……きれいな顔、してる)

男のひとにしては睫毛が長い。すっと鼻筋が通っていて、色素の薄い唇が微かに開き、穏やかな呼吸の音が聴こえてくる。

しかし、静かな部屋に男のひとと二人きりになるなんて、男性経験がゼロの私にとっては耐え難かった。顔がだんだんと火照ってきて、耳までもが熱くなってくる。
そして、さっき開いたテキスト、真珠の耳飾りの少女の絵が、フェルメールの作品だと思い出した時。彼の瞼が、ゆっくり開いた。

「……っ!!!」

ばちっと視線があった。真っ赤な顔をしているのがバレてしまう、そう思って私は彼の手を振り払うと、テキストを放り投げるようにしながら、医務室から逃げ出した。



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