SHORT STORYA

□My love story is......
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八月、大学は長い夏休みの真っただ中だが、図書館を訪れる学生は後を絶たない。館内はガンガンに冷房が効いていて快適だ。休暇中の課題をやりつつ涼みに来ている学生もいれば、研究発表や資格試験の勉強で、夏休みなんて関係ないという様子で一心不乱で机に向かう学生もいる。
外の世界と遮断された、ひっそりとした大きな箱のような夏の図書館。私の大好きな空間だ。


貸し出しのカウンターに座っていると、例の、フェルメールの彼″がやってきた。気だるそうに髪をかき上げて、入館のゲートに学生証をかざす。
倒れた彼を見つけて以来、直接言葉は交わさなくとも、目が合えば彼は軽く頭を下げてくれるようになった。そして私は、知らず知らずのうちに、彼の姿を目で追っていた。

やがて、彼はカウンターにやって来ると、鞄から数冊の書籍を取り出して言った。

「返却を」
「はい。確認します」
「こっちは、貸し出しで」

なんて、綺麗な声。間近で鳴り響く、鐘の音を聴いているようだ。
彼はカウンターの上に無造作に学生証を置いた。貸し出しには、学籍番号と氏名が印字された学生証が必要になる。学籍番号をみれば、入学年度と学部が分かる。

(文学研究科……院の一回生か。高杉、晋助)

名前もちゃんと分かった。借りている図書や画集からして、西洋美術史の専攻だろう。

返却された図書を確認していると、ピラ、と一枚のメモが足許に落ちた。ノートをちぎった切れ端に、走り書きで何か書いてある。

“好きな色は?”

その字を見た瞬間、それは彼が私に宛てて書いたものだと直感した。
メモを片手に固まっていると、彼は低い声で、ぶっきらぼうに言った。

「返事は」
「………」

突然の質問に、頭が真っ白になってしまう。好きな色、と言われても、何の色も思い浮かんでこない。
焦っていると、彼のテキストで見たフェルメールの絵画が、ポンと頭に投影された。

「き、黄色と……、青」

私は、咄嗟にそう答えていた。


彼はそのまま退館し、一体何のための質問だったのかとモヤモヤしながら、私は一日の仕事をこなした。
そして夕方、仕事を終えてエントランスを出ると、目の前に再びフェルメールの彼が現れた。昼間と違っていたのは、彼は手に、大きなヒマワリの花束を持っていた。

少し照れ臭そうに、彼は無言で花を渡してきた。いや、突きつけると言った方が正しいのか。ぎゅっと一直線に結んだ唇が、怒っているようにも見えた。

「わ、私に……?」

もしかしたら、倒れていたところを見つけたことの、お礼のつもりだろうか。そう気付いて花から視線を上げると、彼の姿は忽然と消えていた。彼は何の言葉もなしに、逃げるように花だけ残して行ってしまったのだ。

夏を象徴するような鮮やかな黄色い花弁が、瞳に眩しい。男の人から花をもらうなんて、人生で初めてのことだった。



◇◇◇



「お母さーーん!花瓶ある!?」

帰宅した私は、ただいまを言うより先に、ヒマワリを枯らしたくない一心で花瓶を捜した。台所にいた母親がひょいと顔を出し、顔を綻ばせる。

「あら、ヒマワリじゃない。どうしたの?」

大学院生の男の子にもらったと正直に言えず、私は嘘をついた。

「帰りに花屋さんで見つけたの。きれいだったから、買ってきた」
「いいわねえ、ヒマワリ。お母さんその花好きよ」

園芸が好きな母はにこにことして言った。

「ヒマワリって、花が太陽の方向を追うように咲くでしょう?だからヒマワリの花言葉は、“私はあなただけを見つめる”なんですって。素敵よねえ」
「……へっ、へえー!そうなんだ!」
「あら、顔赤いけど、どうしたの」
「何でもない!」

ヒマワリの花は花瓶に飾られ、リビングの一角を彩った。が、夜になり、私は花をこっそり自分の部屋に持って行った。

フェルメールの彼は、一体どんな気持ちでこの花をくれたんだろう。黄色が好きだと私が言ったからか、それとも他に理由があるのか。
考えれば考えるほど眠れなくて、花を手渡した時のムッとした表情を何度も思い浮かべながら、私は明け方まで彼を想いながら過ごした。




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