恋暦
□第六章 紫陽花
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日ごとに太陽が高くなり、季節は初夏を迎えた。
戦に備えて、攘夷志士のアジトでは、大勢の仲間を集めて軍議が行われていた。
小太郎の、長い長い話の合間。
退屈しかけた晋助の着物の袖を、薫がそっと引いた。
「晋助様」
彼女は外の、土手の方を指差した。
「紫陽花が咲いていますよ、ほら」
彼女が示した方には、自生した紫陽花があった。花は雑木に混じって、ひっそりと佇むように咲いていた。
「あァ……そうだな」
晋助は短く答え、じっと花を眺めた。
目が醒めるような、鮮やかな藍色。
とても、美しい花だった。
「もうすぐ、梅雨が来ますね」
薫は隣で、微笑みながら花を見つめている。
薫がやって来るまでは、季節の変化になど、気を留めようともしなかった。
花が開き、空の色や雲の形が変わる。そんな小さな映ろいは、薫に言われて初めて気付いた。
改めて見る季節の風景は、晋助にはとても懐かしく感じられた。
飽きもせず、花や空を眺めた幼少の頃。
故郷の長州で、薫と過ごした幾つもの季節を思い出す。
それはまるで、戦も何も知らなかった、昔の自分へ戻るような気分だった。
季節の移り変わりを告げる薫は、どことなく嬉しそうで。
子どもの頃と、何も変わらない。
驚くほどの自然さで、あの頃のまま、隣にいる。
◇◇◇
鬼の隣に花が咲いた。
鬼兵隊の隊士達がそう囃す程、薫の存在は目映かった。
士族の娘らしい、品のいい立ち居振舞い。柔らかな物腰。漆黒の髪と雪のような白い肌は、みすぼらしい戦装束を着ていても、美しさを失わなかった。
全体の軍議が終わった後、晋助は鬼兵隊の隊士を集めて出陣の打合せを執り行った。
「坂本の隊が敵を引き付ける。
その間に、俺達は北方から責め入る」
戦場を記した地図の上を、晋助は煙管(キセル)の尖端で示した。
「俺が突破口を開く。お前逹は俺に続け。思う存分、暴れ散らせ」
彼は鬼兵隊の総督でもあり、随一の戦術家だ。
隊の配置は彼が決め、それは常に打算的で、正確だった。
「薫」
隣に控える薫に、晋助が呼びかける。
「はい」
彼女はつと膝を前に進めると、細い指先で、敵陣の周りを辿った。
「我らが弓矢隊は、陣の周りより後方の援護にあたります。各自、矢の備えは十分に」
彼女は得意の弓矢をもって、鬼兵隊の選りすぐりに弓を教えた。弓を教えるという晋助の発案を、やりこなしたのだ。
女ながら、鬼兵隊の荒くれ共を束ねる冷静さ。
晋助に劣らず、鋭利な頭脳。
隊において、晋助の右腕とも呼べる存在だった。
晋助がそうさせているのか、彼女が自ら望んでいるのか。
隊士達の目には、彼らはまるで添え木のように、お互いを必要としているように映った。
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