恋暦

□第九章 草露白
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晩夏を迎え、日中の暑さは残るものの、涼しい風を感じることが増えてきた。

真夏の間は一時沈静化していた天人の活動も、再び活発になった。攘夷派の志士は天人達の動きを探りながら、ゲリラ戦を仕掛ける作戦を続けていた。


ある日、戦を終えた鬼兵隊は、アジトに戻る途中で、銀時らの隊と合流した。


「アジトまで遠いからな。近くの陣営で休ませてもらうことにしたんだ」

と銀時が言った。

「薫、お前はどうする」

「いえ!私は、結構です」


薫は即答した。


「私は真っ直ぐ戻りますから……お構い無く」


妙によそよそしい薫の態度に、一同は顔を見合わせた。
結局、彼女は鬼兵隊の仲間達と屋敷へ戻ることになり、銀時や晋助ら四人のみ、他の陣営へ立ち寄ることにした。


「何じゃ、薫は。具合でも悪いんかの」

と、辰馬は心配そうにしている。

「高杉、てめえ薫に嫌われることでもしたんじゃねぇのか」

「してねぇよ」

ニヤつく銀時を、晋助は一喝した。

「……ただ、疲れているだけだろう」


そうは言ってみたものの、晋助にも、思い当たる節はある。

鬼兵隊で軍議をする時、薫は側に座らなくなった。散歩に誘っても、何かと理由をつけて断るようになった。

神社の境内で雨をしのいだ、あの日から。

彼女の様子は、少し変だ。




◇◇◇




薫は上の空で、ぼんやりと物思いに耽ることが増えていた。
広間で皆が集まって粟飯を食べた時も、そうだった。


「薫、飯もう一杯くれ…………ってオイ!!聞いてるか?」

「わしにもじゃ、薫……おや?聞こえてないんかのぅ」

「薫殿、俺のも頼む……ああ、やっぱり聞いていないようだな」


銀時ら三人の言葉を、三回とも聞き流してしまった。


「らしくねぇな」

銀時は怪訝そうな顔で薫を見ている。

「お前、悩み事でもあるんじゃねえの?」

「な、何でもないんです!本当に.....」


薫はそう答えたが、原因は、自分が一番わかっている。

晋助を見る度、思う度に、あの日のことを思い出さずにいられない。
夕立に降られた日。雨宿りに、ふたりで密やかに過ごしたあの時間。

慈しむように、肌を這う唇を。
ひんやりとした指先を。
気を許せば、薫はいつの間にか、ひとつひとつの記憶を辿っていた。戦の後など、緊張がほどけた後にはそれは顕著だった。

気がおかしくなってしまったのではないかと、薫は妙な不安を懐いた。
そして、悦びを覚えてしまった躯も、何だか自分のものでは無いような気がした。


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