恋暦
□第十一章 菊花開
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秋の日は釣瓶落とし。そう云われるほど、秋の日は短い。
日毎に早くなる日没は、戦にも影響を与えた。暗くなれば活動ができないので、動ける時間が限られてくるのだ。
夜明けは遅く、気付けば太陽が陰り始める。攘夷派の志士達は、長時間に及ぶような大きな戦を仕掛けることはなくなり、小規模の隊によるゲリラ戦を続けていた。
ある日。
天人への奇襲作戦を成功させた鬼兵隊は、日暮れ前に、アジトの屋敷に戻るところだった。
先頭を歩く晋助と薫の前に、突然立ちはだかる者がいた。
「お待ちくだされ!」
木陰から、ひとりの男が飛び出してきた。晋助は薫を庇うように、彼女の前に片手をかざす。
数人の仲間が、警戒して剣を構えた。
「オイ、何の用だ!!」
「鬼兵隊の総督、高杉晋助殿とお見受けする!」
男は、迷わずに晋助の目の前に立った。そして、地面に額を擦り付けるような勢いで、頭を下げた。
「俺を、鬼兵隊に入れてくだせえ!」
「…………てめえ、正気か」
唐突な嘆願に、隊の者は唖然として男を眺めた。
原因は、彼の風貌である。
戦場に程近い場所だというのに、武器を持たないどころか、武装すらしていない。まるで町人のような出で立ちだ。
鬼兵隊に入隊したいなど、冗談を言っているようにしか見えないのだ。
隊士達の訝しげな視線が飛び交う中、晋助は黙って男を見つめていたが、やがて、男へ剣を向ける隊士を制した。何しろ相手は、武器のひとつも持っていないのだ。
「刀を下げろ。相手は丸腰だ」
晋助は男に顔を上げさせ、その両目をじっと見つめた。
「お前、名前は」
「三郎といいます」
「剣は」
「…………」
三郎と名乗った男は、俯いて、首を数度横に振る。
鬼兵隊の隊士達は、揃って苦笑いを浮かべた。剣の腕で晋助に認められ、入隊した男達である。剣を持たぬ男など、論外なのだ。彼らは晋助と三郎を取り囲んで、双方の出方を見守った。
晋助が何か言おうとしたのを遮って、三郎は勢いよく捲し立てた。
「俺ァ剣はからっきしだが、機械弄りなら、誰にも負けません!俺の親父の平賀源外は、腕の立つカラクリ技師だ。隊の一員としてくれるんなら、カラクリのひとつやふたつ、俺にとっちゃあ朝飯前です!」
鬼兵隊の仲間の間に、微かにざわめきが広がる。
すると、江戸の商人だった男が、晋助に耳打ちした。
「平賀源外っていやぁ、江戸一番の発明家って有名ですぜ」
その隣で、
「総督、剣も振れねえ男ですよ」
と、他の男が言う。
なおも頭を下げ続ける三郎を、薫は不安な思いで見つめた。戦火を恐れて人が入ってこないようなところへ、武器も持たずに、晋助を頼って来たのだ。
その瞳は、真剣そのもの。他の隊士達のように、嘲笑う気にはならなかった。
「晋助様……」
薫は、晋助の服の袖を掴んだ。
ただ帰れと、追い返す訳にもいかない。冷やかしや冗談であれば、こんなところまでは来ない。
晋助なら、きっと同じように思ってくれる筈だと思った。
晋助は彼女に小さく頷いて見せると、三郎に向かってぼそりと言った。
「三郎と言ったか……。俺に付いて来い」
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