恋暦

□第十一章 菊花開
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こうして、平賀三郎という男が、鬼兵隊に加わった。

「剣の見込みは全くねぇが、カラクリには滅法強い」

晋助は、三郎をそう評価した。

剣の腕で名を上げてきた鬼兵隊の隊士達は、複雑な感情だっただろうが、薫は嬉しかった。三郎の意気込みが、晋助に届いたと思ったからだ。

しかし、彼女にはひとつ気かがりがあった。
三郎に、晋助が鬼兵隊で何をさせようとしているのかということだ。


「晋助様、三郎殿には何を……?」


戦の前線で、戦うことが出来ない男である。
晋助はふっと笑って、言った。


「あいつには、武器を作らせる……刀の戦いじゃあ、何も変わらねぇからな」


何かを思案するような晋助の眼は、鋭い光を帯びている。出陣の前の、闘志に満ちた瞳によく似ていた。

画策でもあるのだろうか。
晋助の野心……師匠の復讐を果たすことは、薫の胸の中にしまっている。復讐のための企みなのかと、不安が過った。
しかし、追及することはしなかった。
晋助の決めたことなら、そこに疑いの余地はない。





◇◇◇





晋助は、アジトから少し離れた小さな小屋を、カラクリ作りの作業場として三郎に与えた。
仲間になってから数日間、彼は薫らの前に一度も姿を見せず、ずっと作業場にこもりきりだった。
心配した薫は、握り飯をこさえて、彼の作業場を訪れた。


小屋の近くまで来ると、金属を叩く音が忙しなく聴こえてきた。


「三郎殿……?」

薫は恐る恐る、小屋の扉を開けた。

「そろそろお休みになられては?もう、ずっと……」


中を覗いて、薫は驚愕した。
鉄や鉛の欠片に囲まれて、三郎は作業に没頭していた。彼の前には、砲筒のようなものが、既に形を成していた。
それは天人との戦で見た、巨大な大砲とそっくりであった。


「これは、三郎殿が作られたのですか?」

「ああ、薫さんか」


三郎はようやく彼女の姿に気付いたのか、振り向いて額の汗を拭った。
彼の着物も顔も、油でそこかしこが汚れていた。寝食を忘れるとは、まさにこのことだ。


「こんなたいそうなものを作るなんて……お一人で、覚えたのですか?」

「親父に教わったんですよ」


驚く薫に、三郎は照れ臭そうに笑った。


「親父がカラクリ技師なんでね、小さい頃から、カラクリが身近にあったんです。親父がガキみてぇに楽しそうに機械いじりするもんだから、俺も一緒になって、工場に入り浸ってましたよ。飽きもせず、毎日毎日」


寡黙だと思っていた男は、父親のこととなると饒舌に語り出した。


「人の為になるカラクリ技師になろうって、口癖みたいに言ってた親父を尊敬してたんですが……天人が来てからは、すっかり変わっちまった。カラクリを天人殺しの道具にしようと、難しい顔ばっかりするようになっちまってねェ」


工具を弄びながら、三郎の声は、しだいに低くなっていった。


「カラクリは、人の役に立つ為にあるんでさァ。人殺しの為に作ったって、何も楽しかねぇに決まってらァ」

「三郎殿は、本当にカラクリが好きなんですね……お父上のことも」


薫はそう言いながら、彼が何故、戦に来たのだろうと考えていた。
三郎と、彼によく似た父親が、揃って大好きなカラクリに没頭する姿が目に浮かぶ。父親は、大切な息子が戦争に行くことを、許したのだろうか。


薫は、不安になって尋ねた。


「好きなものを戦の道具に使うなんて、つらくはありませんか?」


三郎は、鬼兵隊の一員として、晋助の指示に従い武器を作っている。
それは、彼の父親がしようとしていることと同じだ。


「俺ァ、戦しに来たんじゃねぇですよ」


三郎は頭を掻きながら、


「親子喧嘩しに来たんでさァ」


と、油まみれの顔で、少年のように笑った。



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