恋暦

□第四章 牡丹華
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戦から戻った銀時は、重い体を引き摺るようにして屋敷に戻り、小太郎の部屋へ向かった。

鬼兵隊の襲撃は成功に終わり、負傷者も少ないようだった。小太郎は一足先に戻り、仲間の帰還を待っている。



「ヅラぁ、入るぜ」

「ヅラじゃない、桂だ!」


銀時が部屋に入ると、中では、小太郎が刀の手入れをしていた。
戦で血を浴びた刃は、放っておけば直ぐに錆びて、使い物にならなくなる。彼は戦の後は、必ず丹念に刀の血を拭い、刃の溢れを確かめる癖があった。


「敵は退いたぜ。高杉の隊を先陣にやったのは、正解だったな」

銀時はそう言って、小太郎の前にどっかりと腰を下ろした。

「俺の隊は、皆やられちまった」

「……わかった」


小太郎はそれだけ言うと、研いだ刃を見つめながら、銀時に尋ねた。


「銀時、あの娘のことを、どう思う」


薫のことだ。
銀時は、頬を掻いて口ごもる。


「どうって……俺は、別に」

「戦がかような残酷なものと知れば、薫殿も、長州に戻る気になるだろうか」

「要するに、てめえは薫が気に食わないんだな」

「気に食う食わないの話ではない」


銀時が言うと、小太郎は深く長い溜め息をついた。


「俺が初めて薫殿に会ったのは、高杉の家でだ。武具と軍資金集めに、長州に一時退いた時……薫殿が、高杉に逢うためにやって来たのだ。一途で、優しい娘だと思った」


小太郎は、その日を思い返すように、静かに目を閉じた。


「あのふたりを見ていると、俺は、白居易の漢詩を思い出す」

「はあ?」


銀時がすっとんきょうな声を上げるが、小太郎は構わずに続けた。


「花開き花落つ二十日(にじゅうにち)、一城の人皆狂へるが若し……牡丹の花が咲くと、長安の都人は、物の怪に取り憑かれた如く、花に耽溺した。最後の花が落ちるまでの、二十日の間……そんな詞だ」


牡丹が咲くのは、ちょうどこれからの季節だ。
春の盛りに咲く、鮮やかで見事な花である。


「俺は、咲いて散る花のような儚さを、高杉とあの娘の間に見た。
人が花を夢中で愛でるのも、所詮、花が咲く一時の間だけ……好いた惚れたなどと、若さと未熟さゆえの衝動に、よく似ておる。俺は到底、あのふたりが幸せな道を歩むとは思えんのだ……」

「んなこたぁ、当の本人達にもわからねぇだろうよ」


銀時は笑い飛ばした。
小太郎は生来真面目で、何でも深刻に考える節がある。


「立てば芍薬、座れば牡丹ナントカっていうだろう。てめえが薫を牡丹に準えたのは、あいつが別嬪(べっぴん)だからだ」

「おっ、俺は、そのような浮わついた思いなど……!!」


あたふたとして、小太郎は首を振る。こういうウブなところも、彼の真面目さの所以だ。


「あの女は、容易く散るようなタマじゃねぇよ。てめえには黙っとこうと思ったが、まあ、聞け」


銀時は腰を据えると、戦での薫の姿について話し始めた。

桜吹雪の舞う中で。
銀時と共に戦い敵を撃退させた、その勇ましい様を。


「俺が、鬼兵隊の後方で闘ってた時にな……」




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