恋暦

□第十二章 楓蔦黄
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長州の萩、吉田松陽の主宰する私塾。
高杉晋助と桂小太郎という、ふたりの少年がいた。

ふたりは学問も剣術の腕も肩を並べ、常に競い合っていた。学問は、互いの優劣がつけ難かった。剣の腕は、晋助を剛とするなら、小太郎は柔だった。竹刀稽古をやり、片方が勝てば、次の試合ではもう片方が勝った。ふたりとも優秀で、師匠の評価も上々だった。

しかし、彼らは気が合わなかった。
晋助が右と言えば、小太郎は左と言う。一方が是と言えば、他方は非と言う。
青春期の競争心は、時にいがみ合いに変わり、言い争いが絶えなかった。



ある日、松陽はふたりの弟子を呼び出して、言った。


「君達は、いつも喧嘩ばかりしていますね」


叱られる。そう思った弟子達は、俯いたまま、お互いを睨み合った。
しかし、師匠の口から出たのは、意外な言葉だった。


「大きな怪我だけしないよう、存分になさい」

怒るかと思った松陽は、弟子達に向かって、優しく微笑んだ。

「人は元々ひとりで産まれ、ひとりで生きていくもの。別々の者同士、根から解り合うなど難きことです。だからこそ、表層の付き合いをして、己を飾り、守ろうとする」

松陽は、ふたりの眼をじっと見つめながら、続けた。

「君達のように、本気でぶつかり合うことの出来る友人と出逢えるのは、とても幸せなことなのですよ。今はわからなくても、いつの日か、きっとわかる時が来るでしょう」


そして、にっこりと笑うと、ふたりの頭をそっと撫でた。



「仲間を、ずっと、大切にしてくださいね」






そんな少年の頃を思い出し、小太郎は微笑んだ。

松陽の私塾で晋助と出逢ってから、初めから気にくわない奴だと思っていた。互いにそうだったのだろう。何かと敵視しあい、数えきれないほど、喧嘩をした。寛容な師匠のお陰で、誰も止めるものが居なかった。一緒にいた銀時も、言い争いには無関心で、ただ笑って眺めていた。


果たしてあの頃から、成長しただろうか。
晋助を仲間として、友として、認め受け入れているだろうか。

特に薫が来てからは、一際心が揺らぐ。仲間として思うと彼女に誓ったものの、晋助に対しては、複雑な想いが増している。

自分の未熟さに嫌気がさし、小太郎は深い溜め息をついた。


(先生の教えを……俺は、守れているだろうか……)


傲慢で、負けん気が強く、腕っぷしの良さにものを言わせるような男を。
仲間と呼ぶより先に、嫌悪感が先立つ。


(俺は、高杉が嫌いだ……)



しかし、これまでを思い出してみる。

松陽に師事した時も、師を喪った時も。
窮地を切り抜ける時はいつも、彼が隣にいたような気がした。





◇◇◇





アジトの屋敷で弓の鍛練をしていた薫に、鬼兵隊の仲間が数人、深刻な顔でやって来た。


「薫姐さん、あの」

揃いも揃って、暗い表情をしている。

「俺ら、この間、総督と桂さんが言い合ってんのを聞いちまって……」

「……え?」


薫の表情も固まった。
晋助の、頬の痣を思い出したからだ。晋助と小太郎が言い争うなど、まさか原因は自分ではあるまいと、一抹の不安が胸を過る。
薫は、冷静さを装って尋ねた。


「原因は、何でしょう?」

「詳しい事情は俺にも判らねぇが、銀時さんと坂本さんが仲裁に入って、やっと止めたって話ですぜ」


口火を切ったかのように、隊士達は次々に言った。


「あのふたりが喋ってるとこ、ここ暫く見てませんよ」

「俺ら鬼兵隊の大将は総督だ。けど、桂さんは皆の大将だ……このままじゃあ、皆がばらばらになっちまうよ」


アジトにいるのは、鬼兵隊だけではない。銀時のように、隊には入らない攘夷志士も、当然ながら他にもいる。
鬼兵隊の隊士達は、総督である晋助に従うが、晋助は、小太郎らと決めた作戦に沿って、隊を率いる。
鬼兵隊から見れば、ふたりとも大将なのだ。

晋助と小太郎は、馬が合うとは言い難い。好戦的で野心家な晋助と違って、小太郎は慎重で調和を重んずる。
それに、各々が大将としての意地がある。これまでも、戦の方針を巡って意見が対立したことは、何度かあった。


「私が、話を聞いてきます」


薫は、隊士達を安心させるように言った。


「心配は要りませんよ。だって御二人は…………私達と出逢う前からずっと、仲間だったんですもの」


彼らは、同じ師に学んだ弟子達である。
師を喪い、同じ苦しみを抱えて、ここまで共に戦ってきたのだ。どんな事があっても、絆が揺るぐことはないと、信じたかった。



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