恋暦

□第十三章 地始凍
1ページ/4ページ


明け方に霜が降るようになり、紅葉の山は枯れ山に変わった。
日に日に、寒さが増していく日々。

攘夷志士を取り巻く状況は、刻々と変化していた。
国に廃刀令が付され、各地で攘夷志士の一斉検挙が行われ始めたのである。天人にゲリラ戦を仕掛ける攘夷派集団は、国中そこかしこに散らばっている。幕府は天人の武力を借り、警察部隊や暗殺組織を駆使して、各地の攘夷志士の根潰しにかかった。


小太郎率いる攘夷派のアジトでは、厳しい警戒体制のまま、冬を迎えようとしていた。
皆で交代しながら、周辺の見張りをする毎日。いつ何時、幕府や天人が襲いかかってこようと、真っ向から立ち向かう覚悟だった。

小太郎は幕府の情勢を探るため、僧侶に変装し、江戸に潜伏して諜報活動をしていた。彼が不在の間、アジトの指揮は、銀時と鬼兵隊総督の晋助が取り仕切っていた。

攘夷派排除の機運を畏れてか、戦に見切りをつけ、アジトを離れていく仲間も少なからずいた。けれど、鬼兵隊の隊士だけは、誰ひとり欠けることはなかった。


理由はただひとつ。
総督である晋助が、アジトを離れることはしなかったからだ。

小太郎の言葉が、彼に届いたのか。
或いは、共に戦おうとする薫や仲間達の思いが、彼に通じたのか。

それは定かではないが、人員も厚く強力な鬼兵隊は、中心的な戦力となった。晋助は持ち前の統率力で、仲間をいくつかの小隊と偵察隊に分けて見張りに出し、薫を人員管理に当たらせた。彼は戦術家である以前に、人を動かせる策士だった。

アジトを護るのは自分達という認識が、鬼兵隊の結束をより強く、大きなものにしていた。




◇◇◇




ある日の明け方、銀時は数人の仲間を連れて、見張りに出掛けた。
道の途中、編傘を被った僧侶が歩いてくる姿が見える。警戒して剣を構える仲間を、銀時は笑って制した。


「銀時、様子はどうだ」


僧侶が尋ねる。
彼は、変装した小太郎であった。いずれは「逃げの小太郎」と異名をとる男である。仲間の目を欺くほど、彼の僧侶姿は様になっていた。


「この辺には、変わった動きはねえよ」


と、銀時は答えた。

実際、彼らのアジトの周辺では、天人に目立った動きはなく、幕府軍が攻めてくることもなかった。ただ、何時それが来るかという、緊張の繰り返しの日々だった。


小太郎は銀時の隊に合流し、見張り場の様子を見に行くことにしたらしい。
仲間達と足並みを揃えて歩きながら、彼は言った。


「下界は、侍には生きにくい世の中になってしまったよ。攘夷派の有力な情報を提供した者には、懸賞金が与えられるそうだ。全く、仲間を売るなど信じられんが……どうやら地方での攘夷派の捕縛は、内部の密告で進んでいるらしい」

「へェ。お前の首は、相当高く売れそうだなァ」


嫌味をこめて銀時が言うと、小太郎はひっそりと笑った。


「首の値なら、貴様も他人(ひと)のことは言えんぞ。天下の白夜叉、その名を誰が知らぬと……」


言いかけた小太郎が、途端に口をつぐむ。

彼らの数歩先に、死体が転がっていたのだ。それは、周囲の偵察に出ていた、仲間の死体だった。


「オイ、こりゃあ……」


銀時は声を絞り出し、そして、バッと左右に眼を走らせた。
草むらで、人の動く気配がする。銀時と小太郎は、同時に剣を抜いた。


「いよいよ、敵さんのお出ましか!」


出てきたのは、三人。
いずれも黒い装束を纏い、薙刀を持っている。幕府に仕える、暗殺集団であった。


「幕府の犬めが!!」


小太郎が叫び、彼の剣が弧を描いた。敵は横跳びに剣を避け、小太郎の背後をとろうとしていた。なかなかの手練れであった。

銀時がすぐさま応戦し、背中合わせに刃を構えた彼らは、ものの数秒で敵を瞬殺した。

ふたりは仲間の屍と、動かぬ三人の幕府軍を交互に見た。
黒装束の男達は、攘夷派の偵察を待ち伏せして殺し、他の仲間が来るのを待ち構えていた。そうとしか、考えられなかった。

偵察は、複数の見張り場所を見回り、異常がないか常に行き来する役目である。仲間内でも俊足で、腕の立つ選りすぐりに任せていた。見張り場所を回る経路も、移動順序も、その日の朝に内々に決めている。
それを容易く討ち取るなど、およそ想定できない。



「……密告者が出た」


と、銀時は言った。


「多分、俺達の偵察の動きは、敵に読まれてる。俺達の中に、敵と内通している奴がいる」

「……まさか!!」


小太郎は、さっと顔色を変えた。


「仲間内に、かのような不届き者がいるものか!」

「ヅラァ……てめえはもうちっと、疑うってことを覚えた方がいい」


銀時は、奥歯を噛んだ。
偵察が襲われ、情報が絶たれてしまった。他の陣地の見張りは、この事態にも、情報が漏れていることにも、まだ気付いてはいないのだろう。

幕府軍は辺りに身を潜め、襲撃の機会を、眈々と狙っているはずだ。



「……やべぇ!」

銀時ははっと気づいて、声を荒げた。

「高杉の野郎は、何処にいる!?」

「この先、南東の見張りを、鬼兵隊の連中と……」


仲間の答えを聴きながら、銀時と小太郎の瞳孔が、みるみる開いていく。
嵌められたと、彼らは同時に思った。

攘夷志士の主力、銀時と小太郎を足止めし、その間に、最も強力な攘夷派集団を討つ。
幕府軍の目的は、晋助率いる鬼兵隊を孤立させ、狙い撃ちすることだ。



.
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ