恋暦

□第十五章 冬茜
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江戸の街外れ。晋助と薫が身を潜める旅籠。
身を隠してから、年の瀬を迎え、間もなくひと月が経とうとしていた。

晋助は傷が塞がるまでは安静に、と薫に言われ、旅籠で静かに過ごしていた。何をするでもなく過ごす日一日は、長いようで、けれど瞬く間に過ぎていった。街に興味が無い晋助には、江戸の街など騒がしいばかりで、出歩くのが億劫だった。腕と目の傷が癒えても、自ら外へ出て行こうとは思わなかった。

薫はいつものように、幕吏の追っ手がいないのを確かめに、周辺を見に外出している。

部屋にひとり残された晋助は、鏡台の前、左目の包帯に手をかけた。後頭部まで巻かれた包帯を、するりとほどく。


鏡に映ったのは、片眼が瞑れた己の顔だった。額から頬骨にかけて、抉られた刀傷。
いくつもの縫痕。

左目は完全に塞がれて、小さな光すら、感じることが出来ない。


晋助の視界は、半分が闇となった。




◇◇◇




萩の私塾で師が捕らわれたのは、二年程前。戦いは、そこから始まった。
師の亡骸を見たのは、今から一年前。
ちょうど今時期の、真冬の寒い日だった。

それから、幾つ季節が巡ったのだろう。何度戦場を馳せ、どれだけの仲間を失ったのだろう。

傷は癒えても、憎しみは消えることはない。
奪われた光は、決して、戻ることはない。

人の心を置き去りにして、季節は無情にも移り変わっていく。



やがて、部屋の扉が開いて、薫が帰ってきた。


「晋助様……」

鏡台の前に佇む晋助を見て、彼女は一瞬、哀しそうな眼をした。
だが、すぐに笑った。

「今日は、夕焼けが綺麗ですよ。少しだけ、外に出てみませんか」


薫は、晋助の手を握って微笑んだ。


傷を負い、出歩かなくなった晋助に、彼女はよく外の様子を報せた。
雪が降った、風が吹いたなんて、見過ごしてしまいそうな季節の変化を、ひとつも逃さずに教えた。



晋助はその度に、季節が変わっていくことを知る。
刻々と、時間が流れていくのを。
また、別の時代が近付いているのを。



視界の半分が、闇に奪われても。
薫がいれば、そこには微かな光がある。

ふたりで行く道の先を、仄かに照らしている。



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