隣人と二度、恋をする

□chapter2.Where do my bluebird flyC
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隣人は―――高杉さんは、悠々とした足取りで、ゆっくり寝室に向かっていた。リビングから寝室まで、距離にしてほんの数メートルの廊下が、とてつもなく長く感じる。前を歩む彼の背中を見つめながら、一歩一歩ベッドに近づくにつれて、私の胸はやけに騒ぎ出した。
私達はベランダで会話をして、その日の夜に体を重ねた。お互いに一人きり、そんな淋しさを紛らわせるための、ほんの一時の交わりだったはずだ。それが、どうだろう。次の日もこうして彼の部屋で抱かれようとしている。こんな関係は、まるで……

「どうした?」

薄暗い廊下に、高杉さんのよく透る声が響いた。いつしか私は歩くのを忘れて、廊下の真ん中に突っ立っていた。

「……何でもありません」

私は首を横に振った。おそらく、今の私達を表すのに適当な言葉はないだろう。名前と職業を知っても、高杉さんのプライベートを……例えば彼女がいるのかどうかも知らないのだから。私をこうして誘ったのだって、隣に住む都合のいい女だとか、彼氏が不在だったら誰とでもやる欲求不満の女だと思われているのかもしれない。
でも、それで構わなかった。彼の前では、女の見栄や意地なんてあまり意味を持たなくなる。来いといわれれば行かざるを得ないほどの強引さと、それを凌ぐ魅力を、彼は備えているのだ。

寝室に私を招き入れると、高杉さんは間接照明の明かりを灯して、シーツの皺を伸ばした。そして眼鏡をはずして、無造作にベッドサイドに置いた。何かの儀式をしているような一連の流れを見守っていると、彼は私の方を見て言った。

「昨日、俺が先にいっちまったろ」

私は小さく頷いた。あのあと、我が家に戻って自慰行為に耽ったことは、自分だけの記憶にとどめておいた。

「お前がさっさと服着て帰ろうとしてるのを見たら、無性に腹が立ったんだよ。昼間に酷ぇ言い方しちまったのは、そのせいもある。だから今度は、逃げんじゃねェぞ」

その言い方が何だか子どもっぽくて、私は笑いそうになるのを我慢していた。
昨晩と大きく違うのは、お互いの名前を知って、お喋りをして、距離がぐっと縮まっていたことだ。彼が冷たい態度の理由を正直に話したことで、いっそう親近感が強まった。

相手の気持ちを知れば、自分自身の思いも伝えたくなる。ベッドの上でお互いの肌に触れ合いながら、私は今まで誰にも話したことのない悩みを、高杉さんに打ち明けていた。

「二年……ううん、二年以上、彼氏としていないんです」

昨晩、セックスが久しぶりだと言ったことの真相を明かしたものの、高杉さんは興味がないのか、何も言わなかった。

「私が相手じゃあ、したくならないみたい。彼とした時、私もそんなに濡れなくて、不感症なのかも……」

彼は私の後ろ髪をかき分けて、首筋に何度もキスをした。くすぐったいような不思議な感覚がして、鼻から熱い吐息が抜けた。もしかしたら、彼にこうされるために髪を切ったんじゃないかという気さえしてくる。

「一緒に暮らしてるのに、おかしいですよね……?私、もう、女として見られてないのかな」
「いいから、もう喋るなよ」
「ひっ、あァ!」

強めの口調で言ってから、高杉さんは私の耳孔に舌を差し入れ私を黙らせた。耳朶の周りから奥の方までじっとりと舐めまわされ、耳から脳髄を搔き回されたのかと錯覚してしまう。

やがて彼は私を仰向けにすると、履いていたスカートをたくしあげ、下着をくいをずらした。そして膝の間に素早く体を滑り込ませると、耳の穴にしたのと同じように、私の恥ずかしいところに舌を捻じ込んだ。

「なっ、アァ!やだっ」

私は甲高い悲鳴を上げて腰を退いた。けれど、高杉さんは両手でがっしりと腰を抑えつけて、むしゃぶりつくように舌を這わせた。混乱の渦の中でちらりと下半身に目を向けると、濡羽色の髪がお臍の下で揺れており、その隙間から、妖艶な色をした片目が覗いていた。

「っ、お願、い、離してっ……!!」

恥ずかしくて、死にそうなほど恥ずかしくて、思いつく限りの制止の言葉を口にして逃げようとした。
それでも、彼はやめなかった。そこに唇を押し当てたまま、割れ目を何度も往復し始めた。強すぎる刺激と羞恥に、本当に頭がおかしくなりそうだった。そこで本気の拒絶だと察したのか、高杉さんはやっと私を解放して、口許を拭った。

「嫌いなのか、こうされるの」
「はぁ、き……嫌いかどうかなんて……分かりません」

膝を折り曲げて、壁の方を向いて答えると、彼は私の顎を掴んで上向かせ、私の目をじっと見つめた。

「二年振り……っつったか?にしても、お前はぎこちなさ過ぎる。体は一人前に成熟してるくせに、ここはまだ、未熟だ」

ここ、と言った時、彼は秘裂に中指で触れた。でも、それっきりそこへは一切触れず、感じる部分を探すかのように体じゅうに手のひらを這わせながら、様々な場所を押したり摘まんだりした。

「セックスレス以前の話に、お前、セックスでいったことがねェだろう」
「ふっ……」

触れるか触れないかの微妙なタッチで、高杉さんの手が太腿の内側を撫でていく。喋るな、と言われたことを思い出し、私は吐息を飲み込みながら、胸の中で訴えた。―――そんなことを言い当てられたって、私自身では、どうしようもない。

「昨日、俺が出したら終わりだと言わんばかりに逃げやがったよな。男がいければそれでいいと思ってるうちは、いくことなんて出来やしねェし、満足だってしてねェ筈だぜ。もっと、貪欲になれよ。ああしてほしい、こうしてほしいとベッドの上で頼まれたら、俺ァ悦んで聞くがね」

―――でも、いやらしい女だと思われたら困る。男の人は、そんなことを望まないはず。

「恥らいのねェ女はみっともねェが、遠慮が過ぎると男も萎える。男の為に何をしてやればいいかとか、どんな反応をしたら男が喜ぶかとか、そんなことは二の次だ。自分の体の反応に気持ちを向けろ。お前に何人男がいたか知らねェが、そいつらとのパターンは全部忘れるこった」

―――男のひとは、今までで一人しか知らないの。これからも、その人だけでよかったのに……

「男の前でイイ子に思われたくて、自分を抑えてんのか?欲求を閉じ込めたままじゃ、お前が苦しくなるだけだ。抑え込んでるモン全部、ばら撒いちまえ」

高杉さんは私に覆い被さって、膝の裏側をさすっていた。その頃にはもう、体じゅうにあるスイッチを全部押されたみたいに、息が上がって朦朧としていた。高杉さんの発する言葉が、意味をちゃんと確かめる余裕もなく、耳をすり抜けてゆく。
それから彼は、お腹の下あたりを手のひらで撫でながら―――そうされるだけで、ジトッとあそこが濡れてくるのが分かるほどに感じている私を見下して、低い声で言った。

「お前の体のことを一番知ってるのは、お前自身だ。どうされるのがいいのか、俺に、して見せてみろ」
「………」

嫌だ、と断る選択肢はなかった。色んな場所を触れられ、撫でられたせいで、性感がぐんと高まっていた。お腹の奥にもう一つ心臓ができたみたいにざわざわとしていて、早くそこを触りたくてどうしようもなかった。



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