隣人と二度、恋をする

□chapter2.Where do my bluebird flyA
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賃貸マンションは同じ建物の中に、同じようなつくりの部屋が幾つもある。それぞれに住まう人がいて、それぞれの生活、暮らしの匂いがある。お隣の501号室に足を踏み入れた途端、玄関は我が家と全く同じ構造だけれど、ここは違う家なのだ、と思った。

扉がガチャ、と締まり、鍵をかける音がしたのと同時に、隣人の男は後ろから私を抱きすくめ、無遠慮に私の乳房を掴んだ。

「あ、やだ、何……!」
「硬くなってる」

耳元で、どことなく愉しそうな声がした。言われた途端に、耳の先までが真っ赤に熱くなるのが分かった。
彼は片腕で私の体を抑え込むようにしながら、もう片方の手で、乳首のあたりを親指で弾いた。

「ベランダとはいえ、外に出る時は下着つけろよ。誰に見られてるか、分かりゃあしねェぞ……」

洗濯ものを干していた時、下着をつけていないのがバレていたのだ。そう思ったら顔から火が出そうなほど恥ずかしくて、私は彼の手から逃れようと身を捩った。

けれど、男の人の力には適わなかった。彼の手は服の下に潜り込んで、じかに私の肌に触れてきた。お臍の横から脇腹を通って、わざと遠回りをして乳房を包み込む。冷たくて、ひんやりとした手のひらだった。

彼の指先が、硬くしこった乳首をきゅっと抓りあげた時、ああ、とあられもない声が漏れた。いつの間にか服は肩のあたりまでたくし上げられ、空気に触れた肌が一気に粟立つ。彼は私の首の後ろに唇を押し当てて、くぐもった声で訊ねた。

「どうされるのが好きなんだ?」
「……ここじゃ、いや」

まだ玄関で、二人ともサンダルを履いたままだった。彼は乱雑にサンダルを脱ぎ捨てると、私の手をひいて、廊下からすぐの部屋に入った。

そこは寝室だった。セミダブルのベッドに、チェストがひとつあるだけの簡素な部屋だった。彼は天井の照明を消したまま、床の小さな間接照明の仄かな明かりを灯した。薄暗いのをいいことに、彼はあっという間に私を丸裸に剝いてしまった。

白いシーツの上に四つん這いにさせられ、彼の手が足の間に忍び込む。エレベーターのボタンを押す手、煙草を掴む指、しなやかで男の人の手ではないように見えたけれど、彼は女の弱点を熟知して、とても器用に動いていた。
神経が集まった、女の一番気持ちいいところに爪先を立てたかと思うと、包皮を剥いて直接指で撫でられる。ぴりぴりとした刺激に、シーツに顔を押し付けて身悶えした。腿がぶるぶると震えだし、もっと下の方を触ってほしくなる。

「んっ、ああ、あ……!」

長くてしなやかな指が、秘裂を行ったり来たりする。そして何度目かで、つぷりと音をたてて私の中に埋まった。じっくりと、中の具合を確かめるように指が動き回り、私は腕と膝に力を込めて快感に耐えた。まるで後ろから突かれているように錯覚してしまう。あそこからは絶え間なく淫靡な水音が響いて、耳を塞いでしまいたいほどだった。
背中の方から、彼の声がした。

「ぐしょぐしょに濡れてる」
「いや……お願い。言わないで」

部屋に誘われてついてきて、愛撫に感じて濡らしているなんて、いやらしい女だと思っているに違いない。恥ずかしさに逃げ出したい気持ちと、もっとしてほしいという願望が、体の芯で激しくぶつかり合っている。

やがて、お尻の辺りで、かちゃ、とベルトの外れる音がした。ドキリとして固まっていると、彼は私の肩を掴んで体の向きを変え、目の前に反り返った彼自身を差し出した。何も言わなかったけれど、舐めろ、という合図なのだと分かった。

手を添えて、ごくりと唾を飲む。男のひとにこういうことをするのは―――銀時にしか、したことはないけれど―――片手で数える程度しかなかった。やり方は分かる、けれど、ちゃんと出来るか自信がなかった。
すると彼は焦れたのか、私の手に自らの手を添えて、上下に動かし始めた。どんどんと硬さを増していく様子を見ているうちに、私は迷いを振り切って、先端の方を口に含んだ。

頭上から聞こえる息遣いの変化や、唇の端から漏れる吐息に耳を澄ませて、おずおずと舌と唇を使った。カリ首の辺りを舐め、唇をすぼめて鈴口を吸うと、彼の腰がぶる、と震えた。
どのくらいそうしていただろう。彼は私の髪を掴むようにして引き離して、私に背を向けた。

「ごめんなさい。その、あんまり……」

上手じゃなくて、と小声で付け加えると、彼は笑って言った。

「ンなことねェよ」

彼はチェストの引き出しに手を突っ込んで、小さい箱を出していた。ピリ、と音がして、避妊具の袋を破いているのだと分かった。
これからするんだ、と思った瞬間に、大きな迷いが私を襲った。501号室に足を踏み入れた時から、こうなることを分かっていて、期待すらしていたのに。認められない行為だということに、私の理性はひっきりなしに警鐘を鳴らしていた。

けれど、彼は私を操り人形のように軽々と組み敷いて覆い被さってきた。いつの間に脱いだのか、彼も私と同じように、何も身に付けていなかった。
腿と腿とが交差して肌が合わさり、次の瞬間、あそこに彼のがあてがわれた。

「さっきよりも濡れてる」

亀頭をぐりぐりと擦りつけられ、避妊具の向こうの熱さに体が強張った。そして私の迷いなんてお構いなしに、彼は体重をかけて私の中に入ってきた。
溢れた粘液が潤滑液の代わりとなって、つぷつぷと襞の一枚一枚を押し広げながら、奥の方へと侵入してくる。ゆっくりゆっくり、時間をかけて陰茎の全部がおさまってから、彼は吐息混じりに呟いた。

「締まりが、やべェな」
「……っ」

私の方はというと、声のひとつも出なかった。お腹の圧迫感が物凄くて、ぎちぎちと膣壁が押し広げられる感覚にすっかり圧倒されていた。
あそこが、悲鳴をあげている。誰も到達したことのない、私すら知らない奥の部分は、予想もしなかった質量に戦いていた。あれほどの潤みが、すうっと渇いていくような思いだった。

彼は腰骨を鷲掴みにして、一度ぐんっと引き抜いた。一番太いところで内側の襞が擦られ、捲られて、強烈な快感が脳天を突き抜ける。でも、再び彼が深く打ち込んできた時には、鈍い痛みがずぅんと響いた。私は動物が唸るような呻き声を漏らしながら、痛みのあまり腰を退いていた。

すると怪訝に思ったのか、彼は動きを止めて私を覗き込んだ。

「痛ェのか」
「……久しぶり、なんです」

私は正直に答えた。

「お前、男と住んでんじゃねェのか」
「………」

今度は答えられなかった。彼氏とセックスレスなんです、とは言えなかったからだ。
だが、彼は察したらしく、目許にほんの少しの憐れみを滲ませて、私の髪を撫でた。

「勿体ねェなァ。こんなに感じやすいってのに、放っておかれちゃあ切ねェだろう」

それから彼は、私のそこが彼の形や大きさに馴染むまでの間、耳に触れたり乳首を弄んだりした。
意外なやさしさがもたらす刺激に吐息を漏らしつつ、彼が言った“切ない”という言葉の意味を考えた。セックスと遠ざかった生活を、満たされなくて淋しいと思っていたけれど、切ないという四文字は、私の心と体をよく表していた。


彼の手は私の乳房を包みながら、親指の腹で先端を執拗にくすぐっていた。これ以上ないほどにそこは尖って硬くなっていて、お腹の奥がむずむずと騒ぎ出した。もう、これ以上は我慢できないくらいだった。

「や、ああっ……!そこばっかり、いや……!」

それでも彼はやめてはくれず、私は顔を傾けて喘ぎながら、シーツに頬を擦りつけた。いつだったかエレベーターで嗅いだコロンの香りと同じ匂いがした。
マンションの隣の部屋、名前も知らない隣人と体を繋げている。現実ではないようなそんな出来事も、彼から与えられる快感の前では、この行為の是非を問う余裕なんてなくなっていた。


やがて彼は、さっきよりも緩やかに、一番奥には触れないように気遣いながら、リズミカルに腰を揺らし始めた。亀頭の部分が襞を擦りながら出たり入ったりを繰り返して、だいぶ昔に覚えた快感が徐々に甦ってきて、からだ中を支配し始める。痺れ薬が効いてくるみたいに、腿から膝へ、足の爪先まで、感覚が麻痺していく。

「あ……ふっ、あぁ、」

彼のが入り込んでくる度に、意識しなくても声が出てしまった。でも、変な声だとか、変な顔だと思われたら嫌で、私は手の甲を口に当てて壁の方を向いていた。

「声、出せよ。誰にも聴こえやしねェよ」
「ア、んんっ……でも……!」

彼は私の手をベッドに縫い付けるようにして、わざと膣の上の方に当たるように動き始めた。もう、抑えることが出来なかった。いつだったか、彼の玄関から漏れ聴こえた女の人の声と同じように、遠慮のない声をあげて身を捩っていた。

手首を抑えつけられ、翻弄され続けていると、まるで蝶の標本になったような気分だ。羽根を一枚一枚もぎ取られるように、じわじわと追い詰められてゆく。
よく、艶っぽい描写がある小説で、体が浮くようなとか、飛んで行ってしまいそうに気持ちいいという表現があるけれど、私は違った。底の無しの沼に、足を掴まれて引きずり込まれて堕ちてしまう、そんな感覚がした。



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