隣人と二度、恋をする

□chapter3.HOTEL-MANDARIN ORIENTALB
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ガラス窓の向こうの夜闇を、斜めに雨が糸を引いているのが見えた。強まった雨のせいで景色がぼやけて、せっかくの夜景は涙を溜めた目で見ているような眺めだった。きっと雨粒がカーテンの役割をして、この部屋を閉ざしているのだ。他の誰からも、見られないように。

高杉さんと私は、髪が半渇きのままでベッドにいった。キングサイズのベッドは体育館の一番大きなマットより広くて、ここならどんな体勢でお互いの体を触ったり舐めたりしても落ちることはない。

ベッドで向かい合うと、高杉さんの顔がゆっくりと近づき、私の唇を啄んだ。今までこの人とキスをしたことがあっただろうかと思っていると、唇の隙間に舌が差し込まれた。ひんやりと冷たくて、ざらざらした感触を舌の表面が感じとった。奥の方まで入り込んでは少し下がって、また侵入してくる。追いかけようとして舌を差し出すと逃げていき、そんな駆け引きを何度か繰り返した後、ぐ、と奥深くまで入り込んだ。舌根に絡まるような動きで口腔を蹂躙され、それに応えるのに必死になる。こういう、恋人同士のキスをするのが久しぶりで、どういう風に息継ぎをすればいいのかも忘れてしまって、キスが終わった時には、すっかり息があがっていた。

「いい顔だ」

彼は満足そうに言って、手首を抑えて私を組み敷いた。つるりとしたシーツに背中が触れて、ふかふかのベッドに肩が沈む。そこまでの手順を済ませただけでもう、私の女の部分は火照って疼き始めていた。
促されるまま、いわゆるシックスナインの体勢になって、私は四つん這いになり彼自身に手を添えた。下生えから、さっき使ったボディーソープの香りがする。歯をたててしまわないように、大きく口を開けて含もうとした時、脚の間から高杉さんの声がした。

「体、拭いてきたか」
「はい、拭きましたけど……」
「もう濡れてる。キスしただけでこんなになんのか」

キスをしただけじゃない。女は気分を高めるのに、時間とエネルギーを使う。今日はおそらく、彼の車に乗り込んだ時から準備が始まっていた。食事をして、お風呂に入って裸を見せ合った今なら、どんないやらしいことも出来そうだった。
……それでも、手を添えて秘裂を広げているのか、彼の呼吸があそこにかかると、身が竦む思いがした。恥ずかしいところを彼の目の前に曝け出していると思ったら、途端に頭の中が沸騰した。

「高杉さん……やっぱり、これ、抵抗あるかも」
「何を今更。口、休めるなよ」

そう言うなり、小枝が突き立てられるような感覚がして、高杉さんの細い中指があそこに沈んだ。膣の内襞を擦るように指を曲げながら、割れ目に舌があてがわれる。悲鳴をあげて腰を退こうとしたら、脚の付け根をがっしりと腕で抑え込まれてしまった。もう、逃げられない。
これがお互いに性器を舐め合う行為だと知っていたけれど、陰茎を握る指に全然力が入らなかった。口で含もうにも、ひっきりなしに声が漏れてしまって、私は早くも音を上げた。

「あうっ、は、あぁ、だめ」
「早ェよ」

高杉さんの、どこか愉しそうな声が聴こえた。

「もう、無理です。支えていられない……」
「こういうこと、彼氏としたことねェのか」

どうして今そんなことを訊くんだろうと思いながら、私は口をへの字にして答えた。

「……ないですけど、おかしいですか?」
「いや。前にも言ったろ、お前は未熟だって。お前くらいの歳の女が経験しててもいいことを、お前はまだ知らねェんだよ」

高杉さんは私の脚を折り曲げて横たえると、隣に寝そべって、肩から腰へと降りてゆくように、キスを落としながら言った。

「お互いが好きで付き合ってる男がいるんなら、セックスレスだのどうこう悩んでないで、お前の本心を言ってやりゃあいいじゃねーか。体の関係が途絶えたままじゃあ、いつか気持ちも離れていくモンだろう」

高杉さんの言うことは最もだけれど、それが言えていたら、こうして彼と逢うことはなかっただろう。銀時との平穏安泰な関係を壊したくなくて、レスの現状を甘受しているのも私だし、必要とされない切なさに耐えきれなくて、高杉さんと関係を持ったのも私だ。心と体が別々の方を向いてしまって、一体どうしたいのか、自分でもよく分からない。

「お前は衝突を避けて、男の前でイイ子を演じてるんだよ。そのせいで言えないモンが積もりに積もって、塊になってんだ。お前自身ではどうしようもないくらいに膨れ上がっているのに、それに気づいてねえんだよ」
「塊……?」

確かに性欲に関しては、銀時の前では極力抑えて封じ込めてきた。どうしようもない時だけ、一人の時に、自分で慰めていた。性欲の塊と言うと、すごくいやらしい人間に聞こえるけれど、生物が当たり前に備えている欲求だと思えば、その捌け口はどこかしらに求めなくちゃいけない。
でも、高杉さんとのこの時間は、そんな欲求を満たすためだけじゃあなくなっていた。

「お前の中にある塊が弾け飛んだ時、お前はどんな風になるんだろうな。全部曝け出して、女豹みてェに欲しがってみろよ……」
「えっ、あ、高杉、さん」

彼は私の体を仰向けにして膝小僧を掴むと、脚を開かせてその間に身を滑り込ませた。またあそこを舐められるのだということが分かったとき、羞恥とも歓喜とも何ともつかない感情で頭の中が真っ白になった。

「この前は途中で止めてやったが、今日はそうはいかねェぞ……」

そう宣言してから、高杉さんは足の間に顔を埋めた。じゅ、と卑猥な音がして、冷たい感覚が秘裂に走る。舌の上に唾液をのせて、解きほぐすように舐めてみたり、膣口に舌先を押し込んでみたり、あらゆる方法で翻弄されるうちに、羞恥なんて忘れて、ただ甘美な刺激を受け止めることだけに集中した。
いつしか私の手のひらは、シーツを掴もうと、閉じたり開いたりを繰り返していた。何かに掴まっていないと、どうにかなってしまいそうなくらいに気持ちがよかった。それに気付いたのか、高杉さんは膝を抑えていた手を、私の方へと差し出してくれた。

「ホラ。手」

すぐに彼の手をぎゅっと握った。ひんやりして冷たくて、握った途端、長い指が蔓のように絡まった。きつく指を握っていてもらうと安心して、私は目を閉じて身を任せた。

下半身に、冷たい舌と唇が鋭利な感覚を刻んでゆく。左右に激しくのたうちながら、私の脳裏には高杉さんの家で見た、本に埋もれた仕事部屋が思い浮かんだ。蛍光灯の明かりすら床に届きそうもない薄暗い部屋で、彼は一体どんなものを産み出しているんだろう。体内に捩じ込まれた舌の冷たさを思いながら、彼の内側に秘めるものを知りたいと切に願う。そう思ったら最後、ただの体の関係のままではいられない気がした。

でも、だんだんそんなことを考える余裕すらなくなる。高杉さんが指先で陰核の皮を剥いて、剥き出しになったそれを小刻みに揺すぶってきた。唇で挟むようにして吸われたり、舌の先で弾かれたりしているうちに、信じられないくらいに強烈な快感が駆け抜けて、涙が滲んでくる。首を大きく仰け反らせ、私は悲鳴混じりに哀願した。

「や、それ、だめっ、だめ」
「いっちまえよ、このまま」
「っ、ああ、いやっ、こわい……!」
「怖い?」

気持ちがいいというより、訳が分からなくなりそうな恐怖が勝っていた。高杉さんの手に指を絡ませ、祈るようにきつく握り締めると、彼は不服そうな表情でようやく私を解放した。そして腕を引いて抱き起こし、胡坐をかいた上に私を座らせようとした。

「跨がれ」
「え……跨るって、どう……」
「こうするんだよ」

脚を開いて向かい合い、彼の腿の上に座るような形になった。こんな体勢でするのかと思うと、またもや逃げ腰になってしまう。

「は、恥ずかしい」
「最初っから、恥ずかしいことしてんだろーが」

高杉さんは可笑しそうに言って、鳥が啄むような軽いキスをした。唇に、鼻先に、頬に、次々に降るキスはくすぐったくて、私達は額と額をくっつけて小さな声で笑い合った。本物の恋人同士のような、砂糖菓子みたいに甘い空気の中で、彼なら何をしても許したくなる、そんな信頼が出来上がっていた。

高杉さんは彼自身に角度をつけて私の中心へあてがうと、私の腰を両手で抑え込み、深々と奥へと突き入れた。甘ったるい痺れが首筋の方まで這いずり上がってきて、無意識に背中が弓なりにしなる。肌と肌をぴたりと寄せ合って、刺激に慣れるのを待ってから、高杉さんは掠れた吐息を漏らしながら、腰を上下に揺らして動きを促した。

「あぅ、はあ、あ」
「痛いか」
「痛くな、い、けど、っア、深、い」
「気持ちいいか?」

私はこくんと頷いた。寝そべって体を繋げるのと違って、肌と肌とが触れ合う面積が多いせいで、彼がとても近い場所にいる。美しい陰りがある長い睫毛も、高く締まった鼻筋も、冴えた色味の薄い唇も、すぐ目の前にあって、全部が自分のものになったように錯覚してしまう。
何度もキスをしながら、お互いの目を見つめ合ううちに、羞恥心はどこかへ消え失せていた。私は彼の肩に両手をかけて、体を浮かせてはまた沈ませ、結び付いた部分から快感を得ようとした。私の動きに合わせて彼は腰を突き上げ、きつくしがみついたまま、徐々に高まる快感に身を委ねた。


雨で濡れたガラス窓は真っ黒に染まって、まるで鏡のようにくっきりと、絡み合う私達の姿を映していた。高杉さんの肩にしがみついて体を揺する女は、私が知る私じゃない、別人のような顔をしていた。



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