隣人と二度、恋をする

□chapter16.Just stay with meC
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手のひらを当てて、或いは耳を押し当てて感じた心臓の音が、胸と胸を合わせて抱き合えば直接感じることができる。早鐘をうつ鼓動をもっと側で感じたいと思うのは、ひとつになりたいという願望と同じだった。私は腰の位置を調節して、彼の剛直に手を添えながらその先端を泥濘の中心に導いた。水溜まりを撫でるような音がするのと同時に、粘液越しにその熱さを感じてとくんと胸が高鳴る。このまま彼が腰を進めれば、私達はひとつになれる。やっとだ。待ち望んでいた時が、ようやくやってくる。

「はやく」

腰に角度をつけて彼を誘った。駄目にならないうちにと気が急いていたし、これ以上は待てなかった。これまで募らせていた淋しさを、埋めてほしかった隙間を、一ミリの間隔もないほどに塗り潰してほしい。
ますますじれったくて、彼の腰に片脚を引っ掛けて強引に行為に及ぼうとした時だった。彼は慌てて腰を後ろに退いて私を拒んだ。

「アレつけねェと駄目だよ。今取ってくるから」
「いいよ、そんなの……」
「よくねェって!」

銀時が強い口調で言ったので、私はびくっとして身を縮こませた。彼の体がスッと離れていき、彼は私に背を向けたまま、コンビニから買ってきた紙袋を破き始めた。がさごそという音を遠くに聞きながら、最高潮近くまでに昂っていた興奮が急速に冷めていくのを感じていた。

底辺に沈むような気持ちで目を瞑る。どちらが正しいことを言っているかなんて、馬鹿でも分かる。感情に急かされるまま、避妊しなくてもいいなんて思ってしまった自分自身が恥ずかしかった。銀時にはだらしない女と思われたに違いない。やっとここまで辿り着けたのに、なんて愚かなのだろう。隣人とセックスをしてから、避妊具をつけてすることより、そのままの体温を感じられることが幸せだとはき違えていた。

暫くして銀時が戻ってきた。彼は私の膝の間に割って入りながら言った。

「もうちょい力抜いて。脚が開かねェ」
「ごめん……」

悄気た声で謝ると、彼はやけに真面目腐った顔をつくって言った。

「今日、お前すげえエロくて可愛いから。俺のチン時が暴発する前に、早く挿れさせて」
「やだ。それ、ジュニアじゃなかったの」

思わずフフフと声を出して笑ってしまった。すると彼は安心したように、

「笑っててくれよ。お前の笑った顔、好きだ……」

銀時の顔が近付いて唇を割られる。ざらりと熱い舌が侵入してきて、私は大人しく舌を差し出して、彼の動きに合わせて絡ませた。丹念に口腔を刺激されて、そんな数秒間のやりとりだけでも、引きかけた身体の火照りを再び呼び覚ますのに十分だった。

唇を離してから、銀時はじっと私の顔を覗き込んだ。優しい緋色の瞳は、私の胸の内を容易に見透かす。彼は言った。

「さっきのこと、気にしてんだろ」
「私のこと、だらしない女だって、そう思ったでしょう」
「いや、そんな風には思わねェけど」

銀時は軽い調子で言ってから、私の前髪をかきあげて、額に優しいキスを落とした。

「正直、俺だってそのまま挿れてもいいかなと思ったよ。でも、順番は守ろうぜ。俺、お前のこと大事にするって決めてっから」
「うん……」

順番と言ったのは、もしも子どもができてしまわないように、ということだ。それは私を傷つけまいとする、彼なりの優しさだと気付いた瞬間から、不安が跡形もなく消え去った。
受け入れようとしてくれている。どんな私でも。それならば私も、彼の全部を受け入れたい。

力を抜いて、息をゆっくりと吐いて、じっと待つ。ぐ、と先端が入り込むと、つぷつぷと摩擦を感じながら彼のが入り込んできた。ゴムの抵抗が僅かな痛みを呼んで、膣の内側が違和感にざわついている。
奥を目指そうとすればするほど、次第に痛みが強くなった。初めてでもないのに、確かな質量が下腹部を圧迫して苦しい。手元のシーツをぎゅっと握り締め、私は顔を傾けて苦しさに耐えた。

「っ……」
「ごめん」

小さく呻くのと同時に、銀時が謝った。あなたが謝ることなんてないのにと思いながら、大丈夫、と囁いて、彼の首元に抱きついた。
力を抜いて、股関節を緩める事を意識した。でもそうすると、からだの他の部位に無意識に力が入ってしまう。緊張が外に逃げられないまま、身体中を這い回っている。銀時も同じだったようで、少し進めて、腰を後ろに退いて、さっきよりも少しだけ奥に進むのを繰り返した。

何分間にも感じられるほど時間をかけて、ようやくもう奥にはいけないところまで到達した。その頃には二人とも汗だくになっていた。

「……入った。ぜんぶ」

お互いの背中に腕を回して抱き合った。触れ合う皮膚の面積が大きくなって、全身に体温を感じているうちに、がんじがらめにしていた緊張がするするとほどけていく。すぐ近くにある息遣いに耳を澄ませれば、自然と穏やかな気持ちになれる。

「動いてもいい?」

と彼が訊ねた。頷くと、彼は慎重に腰を退いて、少し前に進めた。何度か繰り返すうちに深いところまで繋がって、細胞のひとつひとつへ体温が行きわたる。一定のリズムで奥へ食い込んでくるその熱は、彼の抱える過去や苦悩や、私へ傾けてくれる優しさや思い遣りを隈なく包含している。それを引っ括めて表現する言葉がしたら、それが“愛”と呼べるものではないだろうか。

彼が楓、と私を呼んだ。

「愛してる」

私も、と答えた。本当は、ほかに伝えたいことが沢山ある。傷付けて、苦しい思いをさせてごめんなさい。こんな私を、許してくれてありがとう。あなたのことを、ちゃんと理解してなくてごめんなさい。それでも、私の側にいてくれてありがとう。
言葉で伝えようとすると、全部陳腐で使い古された台詞に聴こえて、出来の悪い恋愛映画のようだ。だから、言葉にする必要なんてない。彼から流れ込んでくる感情の仔細まで感じ取れるように、私の気持ちもおそらく、彼に伝わっているはずだから。
私達がしているのは、言葉のいらないコミュニケーションで、どうしたってひとつになれない私たちが、唯一繋がる方法なのだ。

「はあっ……!」

銀時は大きく息を吐いて、上体に斜めの角度をつけた。腰の動きに野生じみた粗っぽさが加わり、私への気遣いと自分自身の欲望との間で、どう動こうか迷っているようにも思えた。
ちらりと彼の表情を盗み見ると、瞳を伏せて、眉と眉の間に悩ましい皺を数本寄せていた。半開きにした唇から湿った吐息が漏れ、時折低い呻き声が混じる。彼のこんな色っぽい表情を見たのは初めてだった。感じてくれていると分かると、性感が五倍にも十倍にも膨れ上がった。無意識にお腹の奥にきゅっと切ない感じがして、同時に銀時がああ、と喘いだ。彼は情けなく笑って呟いた。

「やばい。もう出そう」
「うん。いいよ。我慢しないで」

目を閉じるのと同時に、銀時の手が腰骨をがっしりと掴んだ。質量のぐんと増したもので膣の上側を立て続けに突き上げられ、私は大きく体を揺さぶられながら歓喜の声をあげた。摩擦による痛みは殆ど感じないほど濡れていて、彼が出入りする度に純粋な愛しさと快楽だけを与えてゆく。身体じゅうが満たされて、息苦しくて死んでしまうくらいに。

ハッ、ハッ、と短い呼吸を繰り返しながら、彼は頂点に達しようとしていた。腰を掴む手に指を絡ませる。腰骨がひび割れるかと思うほど、ぐっ、と力を込められた次の瞬間、彼は弾けた。薄い避妊具のむこうで、何回かに分けて、熱いものが迸る。その間、彼は私の顔の両脇に手をついたまま、激しく息をしていた。大きくて角ばった肩が大きく上下に動いており、上腕を伝って何本もの汗の筋が出来ていた。

背中に手を伸ばすと、水浴びをしたのかと思うほどびっしょりと汗をかいていた。ぽたぽたと、滴る汗が顔に降りかかる。偶然唇に落ちた雫は、塩気を含んで塩辛かった。しょっぱい、と言おうとして、私はそのまま固まってしまった。

「……どうしたの、銀時」

彼の緋色の瞳は苦し気に歪んで、大粒の涙をぽたぽたと垂らしていた。落ちた雫は汗ではなく、涙だった。
大の男が、どうして涙を溢すのだろう。私は彼の頬に手を伸ばして、からかうつもりで言った。

「なんで泣くのよ」
「お前だって」

と、彼は泣き笑いで言った。そう言われて頬に手を当てると、目尻から熱いものが止めどなく溢れていた。彼に言われるまで、私は自分が泣いていることに気付かなかった。

お互いの泣き顔を見つめて笑いながら、私達はキスをした。静かに触れ合うだけの、誓いのキスみたいだった。

この先の未来にどんな高い壁が立ち塞がったとしても、私達ふたりなら乗り越えて行ける。どんなことがあっても、例えどちらかが道を踏み外すようなことがあっても、もう片方が力ずくで引き戻せる。
たかが一度セックスしただけで、そんな風に思ってしまうなんて、他人が聞いたら愚かだと嗤うだろうか。



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