隣人と二度、恋をする

□chapter12.Sorrow Love SongC
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いっそのこと、壊れてしまうくらい激しくして、優柔不断な私を痛めつけてくれればいいものを、高杉さんは何をするにも優しかった。

ひとつに重なる時には、私達は何も身につけていなかったけれど、彼は私が寒くないようにと毛布を肩にかけて、暖を閉じ込めながら私を抱いた。そして指先が冷えているからという理由で、私の手を握り締め、自分の背中にあてがって温めてくれた。ふたりの肌から発散する熱で、毛布の中は十分に暖かく、しっとり汗ばむくらいだというのに。

暗がりの中、お互いの動きに合わせて体を揺らしながら、ゆっくりと高め合う。それはひとつひとつの動作や息遣いすら逃すまいとするかのような、集中した穏やかなセックスだった。

ふと薄目を開けると、逆三角形のシルエットに、切れ長の瞳の鋭い煌めきが見えて心を奪われた。その耀きを、ずっと見ていられたらいいのに。

「高杉さん」

このままでいたい。
離れたくない。

何度もそんなことを口走ってしまいそうになり、代わりに彼の名を呼ぶ。

「高杉さん……気持ちいいですか」
「あァ」

高杉さんは短く答えてから、ふっと小さく嗤った。

「何でンなこと聞くんだよ」
「……だって、さっきからずっと黙ってるんだもの」
「黙ってるのは、そっちだって同じだろう」

彼は片手で毛布を払い除けると、私の足首をぐいと掴んで両脚を持ち上げた。彼の目の前に、恥ずかしいところが隈なく曝け出される。あっと思って抵抗するより先に、彼はこれまでと違う角度で、私の中を深く深く穿って律動を始めた。

「っあう!」

突然に与えられた刺激に翻弄され、私は喉を仰け反らせて快楽を訴えた。激しく打ち付けられる度に、身体の芯を容赦なく抉られる。絶えず与えられる快感のせいで、溺れたような息苦しささえ感じた。

彼は荒い息を吐きながら私を見下ろして、どこか投げやりな口調で言った。

「ずっと、何か言いたげにしてるくせに」
「あん、あ、あぁ!」

ゆさゆさと体を揺さぶられながら、刺激はだんだんと甘美なものに変っていた。自分の喘ぎ声に、とろけるような恍惚の色が混じっていくのが遠くに聴こえる。

毛布を取り払えば二人とも肌が剥き出しだったけれど、冷たい空気に触れてもちっとも寒くなかった。かえって汗ばむほどに肌が火照って、汗が蒸発していく感じが心地好かった。

そして、彼がどれほど荒々しく突いても、痛みがなかった。先ほどの絶頂の余韻がまだ残っているせいか、私のあそこは粘液で十分に湿って解れていた。奥の方まで迎え入れ、導こうとしているのだ。どこからが彼でどこまでが私かが分からなくなるくらい、そこは熱く溶けていた。

例えは悪いけれど、セックスで暴力や妊娠のリスクを負ったり、身体的な痛みを感じたりするのは殆どが女性側で、不利な側面が多いものだ。行為そのものに、女性側が屈するという側面があるのかもしれない。
けれど高杉さんと抱き合っていると、屈しているというより、受け入れているという感じがする。もっと深くまで受け入れたい、この人の全てを知りたいという気持ちの延長に、今の行為がある。

肌と肌がぶつかり合う音をたてながら、私達は同じ速度で、少しずつ登り詰めていた。けれど絶頂のてっぺんまでの距離は、高杉さんより私の方が断然に短かった。お腹の底からせり上がって来る大波に、今にも身を浚われ流されそうだ。早く枷を取り払って、一番気持ちいいところへと、一息に突き上げてほしい。

「高杉さん、私……」
「何だ」

高杉さんの声には余裕が漂っていた。大切な人の安否を窺うような優しさのこもった声に、それだけで弾けてしまいそうになる。私は掠れた声で訴えた。

「もう、いっちゃう」
「このまま、いけそうか」
「このまま……?」

私が訊き返すのと同時に、高杉さんは体勢を変えて、私の膝を横に倒して膝小僧を掴んだ。彼の分厚い腰が一定の早さで小刻みに動いて、膣の上側を刺激する。迷いのない導きかただった。身を委ねると、それは先ほどまでとは全く別の快感を呼び起こした。

深い息を吐いて瞳を閉じる。鎖をひとつずつ外されて、じきに枷が飛んでいくイメージが脳裡に浮かぶ。意識を集中して、絶頂への糸口を手繰り寄せようとしたものの、うまくいかなかった。膣の刺激だけでは、達せないのだ。

それを口に出して伝えるのは、物凄く恥ずかしい。でも、全てを委ねて受け身でいるよりも、もっと大事なことがある。
彼に好きだと伝えたように、言葉にして相手に分かってもらうのは、今の私には一番大事なことだった。

「お願い、ここ、触ってほしい……」

彼の手を取って、繋がった部分のすぐ上へと導いた。彼の手は器用に動いて、大陰唇に指を添えながら、陰核の包皮に爪を引っ掻けた。

「ひっ、あぁ、ああ!」

指先で転がされた途端に、お腹の底で堆積した快感が猛烈なスピードで突き上げてくる。私は悲鳴に近い声をあげながら、身体を激しく捩って歓喜にうち震えた。
そのまま奥を何度も突き上げられ、指先に翻弄されながら達した。一瞬のうちに、お臍のしたが硬くひきつって、体が享受できないほどの快感に勝手に腰が痙攣する。涙が滲むほどの快感に圧倒され、四肢を放り出したまま茫然としていると、彼の手が優しく髪を撫でていった。


私が落ち着くのを待ってから、再び彼は腰を使って動き始めた。奥の方から溢れたもので濡れそぼって、さっきよりもずっと滑りがいい。くちゅ、と擦れる度に音がして、生暖かい愛液がお尻の方へと伝って落ちて行くのがわかる。

暫くして、彼が動く速度が上がった。同時に、はっ、はっ、と、呼吸が短く早くなり、このまま達しようとしていると思った途端、私は本能的に沸き起こった願望を口に出していた。

「……に出して」

彼は動くのを止めて、まじまじと私を見つめてから、困ったように言った。

「何言ってんだ」

私は左右に首を振って、彼の腕にぎゅっとしがみついた。お葬式の時に生理が来て、それから……と、頭の中で簡単な計算をする。彼が私の望みを叶えてくれても、彼に迷惑をかけることにはならないという確信が持てた。

いや、確信があっても、リスクを負うのは私の方なのに、それでも彼に“そう”して欲しかった。それは理性や常識といった類のものが欠片もなく吹き飛んでしまうほど、本能に近い、凶暴なまでの欲求だった。

今だけでいいから、この人のものになりたい。からだの隅々まで、全部が知りたい。

「あなたが欲しいの」

一生消えない刻印を、あなただけが分かる場所に残してほしい。

身勝手で迷惑な頼みだと、頭では分かっているけれど、他の事なんて何も考えられないくらい、その欲求は思考の隅々まで支配していた。
彼ははあ、と熱い吐息を吐いて、私の膝の裏側を抱えあげた。

「……楓……」

名を呼ぶ声を聴きながら、体中の感覚を研ぎ澄ませる。彼は私の顔の両隣に手をついたまま、上半身を斜めに傾けて、身体を前後に揺らしていた。激しく出入りする彼のものは、突く度に膨張し、今にもはち切れそうなほどに熱い。

興奮と高まりがダイレクトに伝わってきて、限界がすぐ近いことを知る。例えるなら、器に水がいっぱいに注がれているのに、一滴、もう一滴と注ぎ足して、器から溢れるのを今か今かと待っているような。

(もう、零れてしまう……!)

薄目を開けると、苦しみに堪えるような、今にも泣き出しそうなくしゃくしゃの顔が目の前にあった。高杉さん、と掠れた声で名前を呼び、彼の頬に手をやった時だった。

「っ、あぁ!」

短く喘いで、彼はぎゅっと目を瞑った。腰がぶるりと震えて、私の中からずるんと彼が出ていく。ああ、と思った瞬間に、肌の上に熱いものがぱたぱたと注がれるのを感じた。
私は彼の腰にきつく両脚を絡ませ、首元に縋り付いて唇を強請った。

「高杉さん」

最後に願いを叶えてくれないのが、彼らしかった。首の後ろを抱き寄せて唇を近づけると、彼は肩で荒く息をしながら応えてくれ、愛しさに胸がいっぱいになる。

何度も何度もキスをしながら、やっと、ひとつになれたと思う。単純な、体の繋がりを指すのではない。彼の優しさや思いやりが、まるで手のひらにあるかのように、確かに感じられたのだ。



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