約束 〜 いつか、君に逢いに行く 〜

□第四章 水長共闘
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天人との戦の時が、近付いていた。千晶達が廃寺に来てから、初めての戦になる。

当初ヅラは、水戸藩の大将の安島信高に、戦での共闘を申し出た。彼らは千晶が先導して砲撃隊を組織しており、遠方狙撃を得意とする。俺達の特攻戦法と組み合わせれば、なかなか悪くない戦い方ができる。

出陣の前、ヅラは火種やら火薬やらを準備していた安島に掛け合いに行ったが、数分足らずで戻ってきてしまった。

「どうだい、あちらさんの反応は」

尋ねると、ヅラは苦笑して首を横に振った。

「あっさりと断られたよ。自分達の戦は、自分達でやるそうだ。俺達も嫌われたものだな」
「そうかい。まぁ、あいつらが吠え面かくのを笑ってやろうぜ」

安島の野郎は相変わらず、俺達と組むつもりはないらしい。結局、俺達は別々に戦場に向かい、バラバラに戦うこととなった。

天人は、俺達の攻撃と千晶ら砲撃隊の攻撃に対抗するため、当然、二手に分かれて応戦してくる。刀の斬り結ぶ音と、火縄銃や大砲の発砲音が戦場に鳴り響く。戦場はたちまち騒然とし、敵味方入り雑じっての斬り合いが繰り広げられた。
俺は天人共の刃をかいくぐりながら、敵陣の中心へと進んだ。

「ぐあっ!」
「うぐぅ!」

突進する側から、並んで駆けていた仲間が、天人の攻撃を避けきれずに倒れていく。目の前の敵を斬らなければ、こっちが殺られる。一瞬の油断もならないし、周りの味方を気にしてばかりいられない。

敵と対峙する間も、俺の視界の中には、戦場の様子が常に映っていた。周りで果敢に闘う鬼兵隊の連中、遠くで闘う水戸藩の砲撃隊の姿。火縄銃や大砲を担いで、敵への射撃を繰り返している。藩直伝の砲術らしい。奴らの腕は、なかなか侮れない。

やがて、俺は異変に気付いた。
敵の天人の頭数が、明らかに千晶ら砲撃隊の方へと集中し始めていた。
おそらく、統率のとれた射撃を脅威と思ったのだろう。天人は、大砲や弓矢の飛び道具を駆使して、千晶達に向かって立て続けに攻撃を仕掛け始めた。

「……クソッ」

俺は、目の前の敵と戦いながら、悪態をついた。戦況は、明らかに千晶達に不利だった。

迷った。
それでも、脚が動いた。

「銀時!!持ち場を離れるな!」

明後日の方向へ駆け出したところを、ヅラに気付かれる。

「悪ィ。ちょっと外すわ」

俺は水戸藩の連中の方を、刀の先で示して見せた。

「ここで放っておいたら、あいつらが全員死ぬぜ」

一言言い残して、俺は千晶ら砲撃隊の方へと向かって、一目散に駆け出した。俺の首を狙ってくる天人共は、容赦なく、奴らの首をはねてやった。
天人はどんどん砲撃隊を取り囲んで、水戸藩の連中の姿が隠れていく。一瞬だけ、煤に汚れた千晶の横顔が見えた気がした。

俺は強行突破する心つもりで、天人の波に飛び込んだ。がむしゃらに刀を振るいながら、天人を薙ぎ倒す。
水戸藩の数人が、既に天人の攻撃で死んでいた。足許に、見た顔をした遺体が転がっている。
俺は天人を斬り倒しながら、千晶の姿を捜した。鮎沢や茅根はいた。が、千晶と安島の野郎がいない。

(殺られたか……!)

そう思った矢先、数人の仲間に囲まれ、地に膝をつく千晶がいた。彼女は、腕の中に、ぐったりした安島を支えていた。

千晶は俺の顔を見るなり、その顔をくしゃくしゃに歪めた。

「安島が……!!」
「オイ!落ち着け!」

泣きじゃくる、子どもみたいな顔をしている。俺は、蒼白い顔をした安島の首に手を当て、脈を確かめた。体の傷を見る。敵の砲弾が当たったらしい。流血はしているけれど、致命傷ではない。

「お前らも侍の端くれなら、大将が怪我したくれぇで狼狽えるんじゃねぇよ!」

俺は、水戸藩の連中に怒鳴った。そして、まだ息のある怪我人を中心に寄せ集め、残った連中を急かし、外向きになって円陣型に陣を組ませた。
安島の手当ては、器用そうな茅根伊那介に任せた。

「怪我人を囲んで、立て直せ!グズグズすんな!!」

そうこうしている間にも、また天人共が続々とやってくる。敵は砲撃隊を壊滅させる勢いで、容赦なく襲いかかろうとしていた。

俺は刀を振りかざして、合図した。
背後で、生き残った連中が大砲や銃を構える。

「来るぜ!!」
「放て!!」

俺が叫ぶのと同時に、千晶の声がした。
四方から、耳を裂くような鉄砲の発砲音が鳴り響く。敵は前のめりになってどうっと倒れる。弾を命中し損ねた天人は、俺の刀で薙ぎ倒した。

しかし、気を急くばかりに、最後の一手が甘かった。倒し損ねた天人が、千晶を目掛けて、短剣を突き刺そうとしてきた。

「伏せろ!」

俺は千晶に呼び掛けると、短剣を左腕で遮りつつ、天人を袈裟がけに斬った。
瞬間、腕に鋭い痛みが走る。短剣の切っ先が、上腕部を抉っていた。着物が切れて、ヒュッと鮮血が飛ぶ。

俺は腕の負傷を千晶に隠して、口早に捲し立てた。

「次の軍勢が来るぜ!早く火薬の用意を!」
「わかってるわよ!」

火薬の煤にまみれて、黒くなった彼女の顔つきは、気丈な副将のものに戻っていた。

「砲撃用意!!」

千晶は自らも鉄砲を構えて、仲間に指示をしている。立ち直れば、女はしぶとい。
けれど、次々と押し寄せてくる天人には、俺も弱気になった。短剣で刺された左腕が、じくじくと痛みを訴えている。止血をしないと流石にやばい。

(俺ひとりの応戦で、いつまで持つかね……)

そう思った時だった。
天人の群れの間から、仲間の侍が躍り出てきた。

「おまん、独りきりで何ばしちゅう!おなごの前で、いい所ば持っていかせんぜよ」
「辰馬!!」

いつの間にか、坂本が駆け付けてきた。他にも、奴が連れてきた仲間が後に続いていた。
それからは、坂本と仲間達と、死に物狂いで戦った。これほど必死になったことはあるだろうかというくらい、体を張って戦った。

天人を退却させたものの、水戸藩の連中にも俺達の仲間にも、死人が出た。戦では死と隣り合わせだ。運良く生き残る奴もいれば、死ぬ奴もいる。

水戸藩の連中は、千晶が先導し、茅根が安島を担いで、戦場を後にした。恐らく攘夷戦争に参加してから初めての、壮絶な戦だったろう。彼らは皆、煤と砂埃で全身を汚して、憔悴しきった様子でアジトへと戻った。


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