約束 〜 いつか、君に逢いに行く 〜

□第十章 かぐや姫
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夏の盛りが過ぎ、秋が訪れようとしていた。
戦に明け暮れた日々の間、俺と千晶は、またひとつ、俺達だけの秘密を作った。

夏の終わり、俺は旅籠に千晶を連れ出して、一晩を共に過ごした。夜営の時のような性急な繋がりではなく、好き合っているなら、ちゃんと肌を重ねたかったからだ。
俺は体の全ての器官を使って、千晶を知ろうとした。言葉にすると綺麗事のように聴こえるけれど、結局わかったのは、どうしようもないくらい彼女に欲情していて、抱きたくて仕方なかったということだった。
甘ったるい声で俺を呼んで、涙目でしがみついてくる千晶は、本当に可愛かった。彼女と旅籠で過ごした時間は限りなく穏やかで、永久に続くのではないかと、何度も思ってしまった。
そして俺達は、ふたりきり時間の中で、これまで話したことのないことをたくさん話した。


千晶は、丸い瞳で俺を見上げながら尋ねた。

「ねえ、銀時。初めて会った時、私を叱ったよね」
「あ?……悪ィ、覚えてない」

そう答えると、彼女はくすくすと笑った。

「私が剣の流派や師匠を尋ねたら、詮索するなって、突っぱねられたわ」
「あァ、あの頃のことな……」

おそらく、彼女と初めてふたりきりで話した時のことだ。確かに、記憶にはある。俺は決まり悪くなって、頭を掻いた。

「たぶん、疲れが溜まってたんだよ。戦続きで先も見えねぇし、仲間はどんどん死んでいくし……辟易していたんだ」
「それもあるでしょうけど、本当は違うでしょ」

俺の嘘を、千晶は容易く見破った。

「亡くしたんでしょ、お師匠様を」

彼女はそう言って、寛政の大獄で、と付け足した。

「アンタにとって、とても大切な人だったのね」
「……あァ」

俺は、それしか答えられなかった。
なぜなら、千晶だって、父親と兄を大獄で亡くしているからだ。彼女だけじゃない。茅根や鮎沢も、彼女の仲間の多くが肉親を大獄で失ったと、安島から聞かされたことがある。

親のいない俺にとって、先生は、父親代わりでもあり、剣の師であり、侍として生きる道標だった。先生を奪われた苦しみや憎しみ、行き場のない喪失感。それは、千晶達もきっと感じているはずなのだ。
同じ境遇にあり、同じ痛みを抱えている。そのことに、俺はこれまで敢えて触れないできた。千晶達の深い傷を覗くような気がして、嫌だったのだ。
けれど、ひとつ気になることはあった。俺達が先生を奪還するため攘夷戦争に参加したように、千晶達も、肉親の仇を討つ為に、戦に来たのかということだった。

「お前達は、親兄弟を殺した奴らに復讐したくて、戦争に来たのか?」

尋ねると、千晶は複雑な表情をして、天井を見上げた。

「初めはそう考えていたけれど……今は、少し違うわ。死んだ父達の世代が、この国にどんな理想を描いていたのか……その遺志を継いで、国を立て直す。それが、子どもである私達に出来ることだと思うの。だから、戦ってるのよ」
「そりゃあ、志が高いこって」
「何それ。バカにしてるの?」
「してねぇよ」

ムキになる彼女に、俺は微笑んだ。四肢を投げ出して寝そべる彼女を、静かに抱き寄せる。そして、滑らかな肌を辿り、髪を撫で、頭のてっぺんに口づけた。

「お前らしいよ」

千晶は、俺よりもずっとしっかりしているし、強い意思がある。
そんな彼女が、俺みたいな男に惚れた理由は全くわからないけれど、俺は彼女の、そういう曲がらない生き方が好きだ。

暫くお互いを抱き合っていると、千晶は窺うようにして、俺を見上げてきた。

「銀時……今なら、聞いてもいい?」
「ん、何を?」

丸い眼に、行灯の明かりが映って、とても綺麗だった。

「アンタは、どうして戦に来たの」

何を訊いてくるのかと思えば、彼女は初めて会った時と同じ質問をした。

士族でもない俺は、高い志なんて持ち合わせちゃいない。だから、正直に答えることにした。

「先生と約束したからかな」
「何を?」

俺は、千晶の髪を手ですきながら、答えた。

「大切なものを、護ること」


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