約束 〜 いつか、君に逢いに行く 〜
□第十一章 決別
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十五夜の宴が明けた数日後。
私達は鬼兵隊総督、高杉を囲んで、戦の演習をしていた。夕刻に、天人への奇襲攻撃を仕掛けるためである。私達の砲撃隊は、後方援護の他にもいくつかの役割をこなしていて、その作戦を考えるのは、高杉だった。
「敵の退路を塞ぐ段階になったら、三列で砲撃するんだ」
高杉は、地図の上を指で辿りながら、敵の動きを想定して説明した。
「連射法を使え。火薬を次々に入れて、突破の隙を与えるな」
説明に聞き入る仲間の表情は、皆真剣だった。
鉄砲を扱う砲術は身につけた私達だが、攘夷戦争に来るまでは、実際の戦い方についてはまるで経験がなかった。そこで、ヅラの進言で、戦術家として名高い高杉が指南役につくことになった。それからというもの、戦の前にはこうして彼の指導を受けている。
彼の指示は的確で、鉄砲の利点をよく心得ていた。戦地で砲撃隊の指揮をとる私からすれば、悔しい気もするけれど、実戦の経験は一朝一夕でつくものではない。高杉の戦術家としての手腕は確かだった。砲撃隊の仲間達の間でも、彼の評判は頗る高い。
演習が終わり、鉄砲や砲筒を片付けていた時だった。仲間の鮎沢が、大股で高杉のところへ近付いていった。
「一体いつまで、戦って続くのかねェ」
彼は独り言のように言って、でかい図体で高杉を見下ろした。野太い声は辺りによく響き、仲間の視線が彼へと集まった。
「なァ、高杉さん。あんたの下には鬼兵隊って武力もあるし、ずば抜けた戦の才もある。ここいらで、でかい戦を仕掛けて白黒つける算段はねェのかい」
「そんなに容易く天人を駆逐出来りゃあ、苦労はあるめェよ」
高杉は低く笑って、傍らに置いていた刀を手にした。鞘からするりと抜き、刀身の研きを確かめる。
「てめえら飛び道具を使う連中と違って、俺達が戦う時は、身体ひとつに剣一本だ。戦に出りゃあ、いつも目の前に死がある。日一日を生き延びるのに必死なのさ。戦っても戦っても終わらねぇ、確かにそうだが、そう思っちまった時点で死が近付く」
カチン、と音をたてて刀を鞘におさめると、高杉は語気を強めて言った。
「俺達が持つのは、てめぇが言う、なまっちょろい不満なんかじゃねぇよ。何人もの仲間を殺されたんだ。何千何万と血を浴びたって消えやしねぇ、どす黒い憎しみさ」
高杉の切れ長の瞳に、暗い炎が揺らぐのが見えた気がした。言葉の端々に狂気じみたものを感じて、鮎沢が押し黙る。ふたりの会話を聴いていた仲間達も、皆黙々と自分の作業へと戻った。
思えば高杉も、桂や銀時と同じく、大獄で師を失っている。幕府や天人に対して、私達と同じか、それ以上の憎しみを抱いているのだ。
確かに彼の言うとおり、天人は、次から次へと地球にやってくる。幕府軍はますます戦力を増強して、私達の奇襲攻撃なんて、そのうちもろともしなくなるかもしれない。
鮎沢の気持ちは、私にもわかる。このままでいいのだろうかと、きっと、焦りにも似たものを感じ始めているのだ。
攘夷戦争に来てから、果たして私達は前進したのだろうか。そんなことは誰にもわからないけれど、漠然とした疑問は、確かに私の胸にも、くすぶっていた。
ぼんやりと考えていると、くいと軽く、腕を引かれた。振り返ると、安島が唇を一文字に結んで立っていた。
「千晶、そろそろ皆を集めようか」
「何処に行くんだ?戦に出るには気が早ェぞ」
高杉にそう問われ、安島は淋しげに笑った。
「戦の前に、やることがあってね。……今日は命日なんだ。僕らの、両親の」
攘夷戦争に参加する引き金となった出来事から、早くも節目の日がやって来た。もやもやした疑問が浮かんでくるのは、このせいだった。
秋が深まれば、 忘れられないあの日がやってくる。
寛政の大獄で両親が処刑されて、ちょうど一年が過ぎたのである。
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