約束 〜 いつか、君に逢いに行く 〜
□番外編 夜空に咲く花
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七月の初めのことだった。
スナックお登勢のカウンターで飯を食っていた時、店の壁に貼られたチラシが目に入った。
“大江戸花火大会”
ちょうど、盆と重なる時期に開催されるらしい。急に暑くなってきたと思ったら、もうそんな季節なのだ。俺にとっては、江戸で暮らし始めてから最初の夏が来る。
「バアさん、あのチラシ、新しく貼ったのか?」
尋ねると、バアさんはああ、と答える。
「アンタはまだ、行ったことないんだったねェ」
バアさんは、夜の料理の仕込みをしながら話し始めた。
「昔から続いてる、江戸一番の大きな花火大会だよ。河川敷に桟敷席があってね、毎年大賑わいさ。早いもん勝ちだから、早く行かないといい場所でみれないよ」
まだ、行くとも行かないとも言っていないが、バアさんはそんなことを言う。
「チラシは町内会で配られたから、仕方なくて貼ったんだけどさ。客商売の身としちゃあ、お客がみんな花火に行っちまうから、花火の日は毎年店がガラガラだよ」
「そりゃあ、ババアの顔見て酒飲むより、でけェ花火仰いで飲む酒の方が旨ぇに決まってるだろ」
つい、俺は思ったことを言ってしまった。途端にバアさんの表情が険しくなり、鋭い視線が向けられる。
「そういやアンタ、滞納してる飯代と先月の家賃、そろそろ払いなよ」
「えっ!?飯はタダで食わせてくれたんじゃなかったの!?」
「すっとぼけんじゃないよ!ツケに決まってるだろーがァ!」
喚き出したバアさんから逃げるように、俺はスナックを飛び出して我が家へ戻った。
スナックの二階が、俺が開業した万事屋である。商売は少しずつではあるが軌道にのり始め、小さな仕事を数をこなして、あくせく働く毎日が続いていた。
どかんと稼げる商売ではない。飯代、家賃、光熱費その他諸々。生活していくのは何かと大変だが、俺は自分なりに、少しずつ金を貯めてきたつもりでいる。他でもない、夏の花火大会のためだ。
というのも、春先、千晶と花火を一緒に見る約束をした。その頃、万事屋稼業は順調とは言い難く、すかんぴんだったけれど、夏までには何とか挽回しようと腹を決めていた。そして、千晶に好きなものを奢ってやろうと思っていた。
ちょうどその夜、千晶から電話がかかってきた。
「銀時、忘れてないよね、花火」
電話口の千晶の声は、うきうきと弾んでいた。
「おう、当たり前だろ。久し振りに逢うんだし、何でも好きなもの奢ってやるよ。考えとけ」
自分でも見栄っ張りだと思うが、男は好きな女の前ではいい格好をしたいのだ。
俺は暦にしっかりと印をつけて、日一日が近付いていくのを、足踏みするように心待ちにして過ごした。
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