七色の家族

□第十二章 幸せの足音
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10月になると、常日頃秋の訪れを感じるようになる。早朝に目覚めた私は、夏とは違う涼しさに季節の変わり目を実感した。
首だけを動かして目覚まし時計を見ると、まだ五時を回っていなかった。でも、もう一度眠るのは無理そうだ。眠気の残る目を擦りながら、私はお腹を支えながら寝返りを打った。

臨月に入ってからというもの、ぐんとお腹がせり出してきて、起きていても横になっていても、腰や足の付け根が痛くてしんどい。それに、夜中にやたらと目が覚めるようになった。今までは一旦寝たら、朝まで熟睡していたのに。
産科の先生に聞いたら、全部よくあることだそうだ。新生児への授乳は2、3時間おきだと聞くし、体が産後の生活に順応するために、徐々に変わっていくんだろう。


布団の中でもぞもぞとしていると、隣の布団から声がした。

「随分早起きだな」

銀時が半目を開けて、こちらを見ていた。

「あ、ごめん銀時、起こしちゃった?」
「……お前、最近しょっちゅう夜中起きてるけど、眠れねェのか?」

銀時は夜中ぐっすり寝ていると思っていたのに、私が起きていると気付いていたことに驚いた。

「お腹が大きくなってから、よく眠れないのよ。同じ姿勢でいるのが辛くて」
「ふうん……」

すると銀時はのそのそと布団を脱け出し、私の隣に潜り込んできた。背後から抱き締めて、首の後ろ辺りに額を押し付けてくる。朝っぱらから、なんて甘えん坊な大人。
……と、油断していたら、彼の手はムニ、と私の胸を掴んできた。文句を言おうと後ろを振り返ると、彼はアレ?という顔つきで私を見ていた。

「……お前、おっぱいデカくなった?」
「えっ?……うーん、どうかなぁ」

私は自分の胸を見下ろした。脂肪がついただけかもしれないし、母乳が作られる準備をしているのか、胸が張るような感じは少しある。

「ちょっと大きくなったのかな……てゆーか、いつまで触ってんのよ、エッチ!」
「ちぇっ」

胸への刺激はあまりよくないと知ってるので、銀時はそれ以上触ってこなかった。だが、そのままお腹を撫で下ろし、太股を何度も何度も撫でてくる。彼のしたいことはわざわざ言葉にしなくても分かるけれど、私は困って、彼の手をそっと避けた。もう、そんなことが出来るようなお腹じゃない。

妊娠中であっても、夫婦生活は怖がって避けることはないと本で読んでから、無理のない体制でしたことは何度もあった。我慢するより、その方がお互いに良かったからだ。でも、それもお腹が出っ張ってくるまで。大きいお腹が揺さぶられるのは銀時も心配になるらしく、最近は全然していない。そのせいもあって、欲求不満なんだろう。
私は困って、彼に懇願した。

「ねえ、もう、お腹大きいから。ね?」
「そんなん関係ねーよ。腹が出てようがケツが出てようが、欲情するんだよ。お前にだったら」
「失礼ね!お尻は出てないわよ!」

怒って彼の方を振り向くと、その拍子に当たってしまった。臨戦態勢の元気なやつが、太股のあたりに。

「……銀時、やだそれ。何とかして」
「やだとか言うなよ」

銀時は苦笑して私の手をとると、自分の手と一緒に、パンツの中にするりと滑り込ませた。

「手伝って」

耳許でやけに艶っぽい声がしたかと思うと、彼は私の手のひらと自分の手を重ねるようにして、反り返ったのを握って上下に動かした。

滑らかで、すごく熱い。彼は不規則に、短い吐息を漏らしだした。

「お前の手、暖かくてすげえ気持ちいい」
「…………」

瞳をかたく閉じているせいか、眉間に悩ましい皺が寄っている。形のいい唇が薄く開いて、ハ、ハ、と熱い息が溢れる。
抱き合っている時、冷静に彼の表情を観察したことなんて無いけれど、いつもこんなに色っぽい顔をしているんだろうか。私まで、変な気持ちになってしまいそうだった。


その時だった。お腹の中でぐぐ、と強い胎動があった。それはダイレクトに膀胱に伝わり……完結に言うと、我慢できない程の、強烈な尿意をもたらた。

「銀時、ごめん、ちょっと」

私は手を振りほどくと、急いで布団をはいで和室を出た。立つとなおさらやばいことに気付いて、お腹を支えながら、ペンギンのような歩き方でトイレへ急ぐ。

「おい、千晶?千晶ー!?」

銀時の情けない声が追い掛けてくるが、そんなことはもうどうでもいい。
臨月の妊婦の頻尿は、何より切実なんだもの。


  〜 第十二章 幸せの足音 〜
 

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