七色の家族

□第十二章 幸せの足音
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妊娠37週を過ぎた頃から、いわゆる正産期と言われている。胎児は成熟した体となって、いつ産まれてもおかしくない。だから出産予定日ジャストに産まれてくる赤ちゃんなど稀で、早く産まれる子、遅く産まれる子、様々だ。
初産は予定日より遅くなるとよく言われるけれど、いつ陣痛がくるのか、まるでいつ爆発するかわからない爆弾をおなかに抱えているかのよう。けれど、元気な胎動を伝えてくれる赤ちゃんは本当にいとおしくていとおしくて、仕方がない。早く会いたい気持ちと、もう少しおなかの中に閉じ込めて、元気な胎動を感じていたいと思う気持ちが、日々半々にせめぎ合っている。


なかなか眠れなくて早起きしても、自分が朝食当番の日はその方が都合がいい。私は着替えて台所に立ち、お湯を沸かし、冷蔵庫から材料を見繕った。

上の棚からフライパンを出そうと背伸びをすると、後ろからにゅっと腕が伸びてきて、私の代わりに取っ手を握った。驚いて振り向くと、寝間着姿の銀時が立っていた。

「ほいよ」
「ありがと、銀時」
「今日の朝飯、なに?」
「卵焼きよ」
「………」
「なんで無言なわけ?大丈夫よ、さすがに黒焦げにはならないから」

銀時はクックッと笑いながら、フライパンをコンロに置くと、その手でぎゅうと私を抱き締めた。

寝起きの銀時は普段より体温が高くて、ぽかぽかと温かくて心地いい。目を閉じながら、どうしたの、と尋ねると、彼は拗ねたような声で言った。

「なあ、いつできんの?」
「………」

卵焼きの話ではない。今朝の続きの話をしているのだ。
私は半分飽きれながら、彼を見上げて答えた。

「赤ちゃんが産まれて、暫く経ってからよ」
「暫くってどのくらい?」
「知らないけど……2、3か月くらいかな?」
「マジでか……」

銀時は大袈裟にへこんだが、やがて名案を思い付いたように、パッと顔を上げた。

「じゃあさ、そん時がきたら、すげえ色っぽい下着つけてくんない?黒とか赤の、透けてて穴が空いてるやつ」
「………」

そんな下着があることを何処で覚えてきたのか知らないが、私はますます飽きれてしまった。けれど、スイカみたいなお腹でもそんな風に思うということは、それだけ愛されていると自惚れていいのだろうか。


そのうちに新八が出勤してきて、眠い目を擦りながら、神楽も起きてくる。四人揃った食卓、いただきますと声を合わせてから、いつも通りの朝が始まる。

「……千晶の腹、日に日にでっぷりしてるアルナ。達磨みたいネ」

大盛りのご飯を食べながら、神楽が言う。銀時や新八が遠慮して言わないことを、女同士はさすがに遠慮がない。私は青筋が浮かんできそうなのを堪えて答えた。

「仕方ないでしょ。予定日までもう十日もないんだから、そりゃあ、お腹もでかくなるわよ」
「それ以上膨れたら、そのうちパーンてなりそうで見てて怖いアル。赤ちゃん、いつ出てくるアルか」
「いつ産まれるかなんて、私が一番知りたいわよ」

すると横から、銀時が口を挟んでくる。

「神楽、テメーが飯食い過ぎた時も、千晶みてェな妊婦の腹になってるぞ。人のこと言えねーよ」
「ほんとアルか。気を付けよっと」

揃いも揃って失礼なことを言われ、ムッとしていると、新八がまあまあと宥めてくれた。
食事が終わり、銀時がトイレにこもっている間、新八がこそっと話しかけてきた。

「千晶さん、もうすぐ、銀さんの誕生日ですね」
「あ、そうだったわ!」

私はカレンダーを見た。出産予定日が11日、銀時の誕生日はその前日の10日だ。
出産という大イベントを前に、銀時の誕生日があることを忘れかけていたけれど、毎年祝ってきた大事な日だ。彼の誕生日を家族で過ごせるなら、初産は遅くなるというのは本当であってほしい。

「今年は、何贈ろうかしら」

私は呟いて考えた。プレゼントと言っても、今までだって高価なものやたいそうなものを贈ったことはない。ちょうど寒くなる時期だから、襟巻きや半纏を贈ったことがあるけれど、何回も誕生日を祝っていると、贈り物もネタが尽きてくるものだ。

「銀さんの欲しいもの、聞いてみましょうか。さり気なく」
「欲しいものねえ……」

私は呟きながら、いつかランジェリー店で見かけた、黒いスケスケの下着を思い出してしまった。手を払うようにして、その記憶を拭い去る。
買ってきたら銀時はきっと喜ぶだろうけど、それを着れるのは、まだまだ先の話だもの。



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