七色の家族

□第十三章 銀色に耀く
1ページ/5ページ


大江戸病院、深夜の待合室。壁掛け時計のカチカチという音が、静かな部屋に響いている。

夕方に陣痛がついた千晶は、タクシーで病院に着いてそのまま入院となった。深夜になるまで、彼女は徐々に間隔の狭まる陣痛にじっと耐えていたが、何度目かの診察で助産師に連れていかれてから、暫くが経つ。

「……もう、こんな時間か」

俺は時計を見上げて呟いた。時計は間もなく、深夜の二時を回ろうとしていた。
待合室には、俺と新八と、神楽の三人きりだった。二人はタクシーを追うように定春に跨がって病院に駆けつけてから、ずっと待合室で待っていた。普段読まないような雑誌に手を伸ばし、パラパラめくっていたのは最初だけで、今はただぼんやりと壁を見ている。表情には明らかに疲れが滲んでいて、俺は二人を促した。

「お前ら、帰っていいんだぞ。飯も食ってねえし、眠いだろ」
「何言ってるアルか」

と、神楽が怖い顔をして言った。

「千晶が頑張ってる時に、私達だけ帰れる訳ないアル」
「……あァ」

俺は生返事をして、壁伝いにのろのろと歩いた。座っているとそわそわして落ち着かないし、立ったら立ったで、今すぐに千晶の所に飛んでいけないのがもどかしい。
むやみに立ったり座ったりを繰り返す俺を見かねて、新八が静かに諭した。

「銀さん、大丈夫ですよ。待ちましょう」
「…………」

そんな風に言われて気付いた。新八と神楽がずっと付いていてくれるのは、半分は千晶の為で、半分は俺の為だ。これじゃあ、どっちが歳上だかわかりゃしない。


それからどのくらい経ってからだろう。遠くの方から、フギャア、と赤ん坊の泣き声が聞こえたような気がした。

新八と神楽がハッと顔を見合わせ、俺は椅子から腰を上げて、ドアの方を凝視した。

「オイ、今のって……」

間もなく、看護師がパタパタと駆けてくる。彼女はマスクを外して、満面の笑顔で言った。

「坂田さん、おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
「〜〜〜〜〜!」

新八と神楽が立ち上がり、無言で手のひらを合わせる。緊張が一気に崩れたように安堵が押し寄せて、肩の力がストンと抜けた。産まれたのだ、千晶も、子どもも無事で。

「病室に戻る前に、会われます?」
「はい!」

看護師の問いに即答して、急いで待合室を出る。俺の後に続いて新八と神楽も来ようとしたので、看護師は控え目な声で制した。

「あの……今は、面会はご主人だけで」

けれど、新八と神楽はすがるような目で俺を見てきた。生まれたばかりの赤ん坊を、ふたりはきっと、見たことなんてないだろう。

「すんません。こいつら、兄弟みたいなモンなんで。一緒でもいいスか」
「…………いいですよ」

看護師は、困った笑顔で許してくれた。


分娩室までの暗い廊下を歩く間、看護師は手短に経緯を話してくれた。診察をしてみたら子宮口が全開近く開いていて、そのまま分娩室に行って産まれたのだそうだ。
そっと分娩室を覗くと、放心状態のような表情の千晶が横たわっていた。彼女は俺達に気付くと、首だけを動かして俺を見て微笑み、

「産まれたよ、赤ちゃん」

と、小さな声で言った。彼女は何とも言えない表情をしていた。清々しいというか、頼もしいというか、大きな大きな役割を果たした母親の顔をしていた。額が汗で湿って、頬が紅潮していて、彼女はどれだけ頑張ったのだろう。


「ありがとう、千晶」

お疲れでも、頑張ったでもなく、俺の口を出たのはそんな言葉だった。産んでくれたことに、産まれてきてくれたことに、感謝の気持ちで胸が溢れかえって、それ以上の言葉が出てこない。


その時、タオルのようなものを抱えて、年配の助産師が俺達の側にやって来た。

「お母さん頑張ったから、安産でしたよ。良かったですねー」

きっと赤ん坊を取り上げてくれた助産師なんだろう。笑顔で言うその腕の中には、タオルにくるまれて、小さな小さな赤ん坊がいた。

「可愛いアル!!」

神楽が目をきらきらとさせて、歓声を上げる。

「千晶の顔を小っちゃくしたみたいネ!」

体を軽く拭われただけの、生まれたての赤ん坊。目を瞑った小さな顔には、確かに千晶の目鼻立ちと似た面影がある。
子どもは男でも女でもいい、ずっとそう思っていたが、男の子が生まれたと分かると、それはまるで最初から決まっていたかことのようだった。

「銀さんにも、そっくりですね」

新八がそう言って笑う。
言われて初めて気付いた。“彼”は、俺と同じ銀色の髪をしていた。


  〜第十三章 銀色に耀く〜


.
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ