七色の家族

□第九章 未来へ続く願い
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依頼を請けたら何でもやる万事屋という稼業は、裸一貫から始め苦労も多かったけれど、我ながら気に入っている商売である。
だが、開業したのがかぶき町というのに若干難があった。キャバ嬢と客の不倫の果てに、奥さんからの浮気調査が舞い込んでくるとか、風俗店の呼び込みを手伝わされるとか、ガキ二人の従業員を関わらせるのに迷う依頼もあるからだ。


江戸が梅雨明けし、夏の盛りの暑い日のことだった。
かぶき町に新装オープンした個室ビデオ鑑賞店○太郎のオーナーから、俺は仕事の依頼を請けた。開店準備で人手が足りないから、準備を手伝ってほしいと言う。

依頼の内容を詳しく聞くと、大量のボックスティッシュとトイレットペーパーの手配だった。

「……なあ、社長さんよ」

俺は、サングラス姿のいかがわしい雰囲気のオーナーを、冷静に諭した。

「いくら万事屋と言いましてもねェ。寂しい男の欲求をくるんで捨てるモノくらい、その辺のコンビニで買えば済む話でしょーが」
「まぁ、そんなこと言わずに。とにかく大量に必要なんですよ。備品の調達と思ってどうか頼みますよ、万事屋さん」

オーナーはヘラヘラと笑いながら頭を下げている。ソレがどんな用途に使われるかは想像に難くなく、気乗りしなかったけれど、簡単な仕事のわりには交通費込みで依頼金を弾んでくれた。俺は新八と神楽、定春を連れて、隣町のドラッグストアへ向かった。


“お一人様五個まで”と書かれた特売品を買い込んで、俺達はレジへと並んだ。残念なことに、定春は“お一人様”にはカウントされず、追い出されてしまった。

「ティッシュばっかり調達するなんて、変な依頼ですね。ま、だいたい想像はつきますけど……」

と新八が苦笑いするのを、俺は見てみぬ振りをする。
それから、俺は原付バイクに積めるだけ箱ティッシュを積み、トイレットペーパーは定春の背中に山積みにした。積みきれない分は、新八が両手に抱えることになった。

交通費をケチるため、行き帰りは当然徒歩。原付を引っ張って、俺達は蒲(ガマ)の繁る川辺を、並んで歩きながら帰り道についた。
日が暮れて、空は燃えるように紅い。三人と一匹の影が、夕陽と反対の方へ長く伸びていた。

「銀ちゃん、新八、これ見てヨ!おっきいフランクフルトが並んでるみたいアル!!」

神楽は蒲が珍しいようで、茶色の花穂を片手に弄びながら悠々と歩いていた。冬になると、花穂の中から綿毛が出てきて飛散するのだが、多分神楽は見たことがないのだろう。

どこからか蜻蛉が翔んできて、神楽の周りを飛び始める。彼女ははしゃいで、蒲の花穂を止まり木のように頭上高く掲げあげた。

「もう、神楽ちゃん!遊んでないで手伝ってよ!」

両手にティッシュペーパーを抱えた新八が、よろめきながら抗議すると、神楽は口を尖らせて言い返した。

「こんなに暑いのに、か弱いレディーに力仕事なんて出来ないアル。新八、男だったらそれくらい片手で運ぶのが常識ヨ」

誰よりも怪力のくせに、女というやつは都合のいい時だけ女を武器にするから厄介だ。俺と新八は顔を見合わせて、同時に溜め息をつく。定晴を含め、男には損な役しか回ってこない。


梅雨明けして本格的な夏が訪れてから、夕暮れ時と言えど日中の陽射しの名残でムンとした熱がこもっている。けれど時折、川の方から水面に冷やされた風が吹いてきて、汗ばんだ首筋をすうっと冷やしていく。夕暮れ時の散歩だと思えば、こんな依頼も悪くはなかった。

「ねえねえ銀ちゃん!」

すると神楽が、土手を駆け降りて俺の側に寄ってきた。

「千晶から聞いたアル。お腹の赤ちゃん、男の子か女の子か、生まれるまでの楽しみにとっとくって。私、絶対女の子がいいアル!」
「なんでだよ」
「私はかぶき町の女王ネ。女の子が産まれたら私の妹分になるアル。かぶき町でのオトナの遊び方は、全部私が教えてあげるヨ」
「テメーは俺の子に何を教えようとしてんだ」

俺はポンと神楽の頭に手を乗せて、彼女の親父や兄貴を思い浮かべた。
母ちゃんを早くに亡くして男ばかりの家で育ったせいか、コイツはお妙や千晶を実の姉のように慕っている。だがそろそろ、自分も姉貴ぶりたい年なのだろう。

「お前、末っ子だもんなァ。そりゃあ、弟か妹がいたらいいとは思うよな」
「それなら、僕だって末っ子ですよ」

両手にティッシュを抱えた新八が、反論するように言った。

「僕は、絶対男の子がいいです!」


  〜 第九章 未来へ続く願い 〜


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