七色の家族

□坂田家の休日C
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出張先から戻って、銀時と久しぶりに過ごした翌朝。私は、銀時と二人きりの食卓を囲んだ。神楽と定春は新八の家に行っていて、子ども達とペットのいない家は静か過ぎるくらいで、寂しくもある。

食事を終えて片付けをしている間、銀時は髭を剃って歯を磨いていた。洗面所を譲り合って使いながら、今日の予定の話をした。
たまたまなのか、敢えて仕事を入れなかったのか、そもそも依頼が何も無かったのか、銀時は丸一日私と過ごすと言う。

「今日は映画に行って、そのあと甘味処に行って、お前の箪笥見に行く」
「箪笥?」
「和室に新しいやつ置きたいって、前言ってたじゃねーか」

私自身そんなことを言ったかどうか、ぼんやり記憶にあるくらいの些細なことだが、銀時が覚えていてくれたのが嬉しくて、なんだかムズムズした。

換気のために障子を開け放つ。空は雲ひとつない晴天だった。窓を全開にして、清々しい空気を部屋いっぱいに取り入れる。なんて気持ちのいい、幸せな休みの朝。

せっかくだから布団を干そうかと和室に行くと、銀時が着替えの最中だった。いちご柄のパンツ一丁で、箪笥の引き出しから黒いシャツを出している。裸の上半身、大きな背中が目に飛び込んできて、私の胸はトクンと音をたてた。

(……遠目に見ても、分かるもんなのね)

攘夷戦争の頃の古傷が、彼の体には根強く残っている。それは一目に昔の傷痕だとわかるのだが、そうではない、新しい傷痕が増えているような気がした。

暫くして、銀時が私の視線に気付く。彼はニヤニヤしながら言った。

「何覗いてんだよ。えっち」
「覗いてって……そんなんじゃないわよ。布団干そうと思って、取りに来ただけ」

私は言い訳を言って銀時の後ろに立った。

「ちょっと銀時。背中見せてよ」
「ん?何かついてるのか?」
「いいから。あっち向いてて」

背をむけた銀時の肌を、指先でそっとなぞった。肩甲骨の辺りを撫で、背骨を辿って腰骨のところまで。
やっぱり、古傷だけではない。塞いで間もない、ここ半年程の間についたような痕。彼はまた体に傷が残るような、“何か”をやらかしたのだ。

すると銀時は眉を八の字にして、困り顔で振り返った。

「お前、誘ってんのかよ」
「え?」
「そんな風に触られると、反応する」

その意味を悟って、私は慌てて手を引っ込めたが、銀時は後ろ手に私を捕まえると、素早く腕の中に閉じ込めてしまった。

筋肉質の、硬い胸板が頬にぎゅうと当たる。銀時の匂いがするのと同時に、規則正しい鼓動が肌を通してダイレクトに伝わってきた。
何とも言えない安心感に自然と瞼が落ちてきて、私は眼を閉じたまま、尋ねた。

「出掛けるんじゃなかったの、銀時。早く支度しなきゃ」
「やっぱ、どっちでもいーや。出掛けないで、鍵閉めてさ……今日丸一日、お前とここに閉じ籠ってもいい」

やりたい盛りの十代みたいな発想だ。そんなの、すぐに私の体力の限界が来るに決まっている。私は無理矢理彼を引き剥がすと、背中にペチンと手のひらをやった。

「誘ってる訳じゃないのよ。背中の傷を見ていたの」
「傷?」
「新しい傷痕が出来てる。私が留守の間に、まぁた無茶やらかしたんでしょう」

彼は自分の腕や肩に目をやって、首を傾げた。

「昔の傷とごっちゃになってっからなァ、よく覚えてねーよ」
「何よ。人の気も知らないで」

しらばっくれるので、私は彼に詰め寄った。

「もう、あんまり無茶しないでよ。もう三十路近いんだから。いつまでも若い気持ちのまんまでいると、そのうち痛い目見るからね」
「お前、イヤな事言うなあ。つーか、気に喰わねェんなら素直に言えよ。お前の銀さんが傷だらけになるのが嫌なんだろ?」
「そうよ。気に喰わないの。悪い?」

私は開き直って、唇を尖らせて彼を睨んだ。すると彼はプッと噴き出し、私の髪をくしゃっと撫でた。

「正直に言われると、どう答えていいか困るもんだなあァ」

と、彼はすっと目を細めた。

「俺は、お前が仕事で忙しいのとか、一生懸命なのとか知ってっからさ。今だってお前が望んでやってる仕事だから、出張で家に空けんも仕方ねェかなと思ってる。たまに淋しいけどな」
「…………」
「お前と同じように、俺だって俺なりに譲れないモンがあんだよ。“コレ”はその証。お前なら分かってくれんだろ」

コレ、と言った時、銀時は一瞬だけ自分の肌に視線を走らせた。
包み込むような柔らかい眼差しを向けられて、私は何も言えなくなってしまった。そんな風に優しい目をするなんて反則だ。

銀時は強くて、誰よりもずっと強くて、でもそれをひけらかしたり、自分の為に使ったりしない。代わりに、誰かの大切なものを護るために、いつだって本気で戦う。その積み重ねが、彼のからだにも刻まれているのだ。

哀しいような切ないような、胸がいっぱいになる思いがして、私は銀時の腕をつんと突いた。

「何よ、カッコつけちゃって」
「かっこよかったのか?今の」

銀時は笑いながら私を見た。

「惚れ直したかよ。てめーの旦那に」
「ばか。違うわよ」
「ぎゃひん!」

言い当てられて悔しかったので、私はカワイイいちごパンツのおしりを、指でギュウッとつねってやった。



(おわり)


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