七色の家族
□坂田家の休日@
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別に結婚したからと言って四六時中イチャイチャチュッチュッするつもりはないし、俺と千晶にそんな関係は似合わないと思っていた。
だが入籍した途端、俺の嫁は仕事の都合で長期出張に旅立ってしまった。その間当然イチャイチャできる訳もなく、特段マメに連絡を取り合うこともせず、彼女が休みを使って江戸に帰ってくることになったのは、別居婚状態が始まってから一ヶ月も経った頃のことだった。
朝、新八が部屋に掃除機をかけながら、浮かれた声で言った。
「銀さん、今日は千晶さんが帰って来る日ですね」
「…………」
「今日、ちょうど姉上が“すまいる”をお休みする日なんです。神楽ちゃんと定春は、僕の家に泊まってもらおうと思うんですけど」
「ハア?何でそんなことするワケ?万事屋(ウチ)にいりゃあいーだろーが」
「…………銀さん」
新八は腰に手を当てて、溜め息混じりに言った。
「もう、何不貞腐れてるんですか。ひと月振りに千晶さんと逢えるんですよ?ここ最近いつもイライラしてばっかりで……今日くらい、にこやかに出来ないんですか」
「いちいち煩ェんだよ。お前は小姑か」
俺は新八を軽くあしらって、事務机の上に足を乗せて天井を見上げた。
(イラつく理由なんて、アイツ以外にありえねェだろ……)
出張で遠方に行ってからというもの、千晶はろくすっぽ連絡を寄越さない。便りがないのは無事な証拠なんて誰が言い始めたのか知らないが、新婚の夫婦なのだ。恋しさに電話くらいしてくるのが普通だろう。
多分忙しくて連絡しそびれているのだろうが、それはそれで腹立たしい。電話一本する時間くらい何とでも出来るのに、俺のことなんて思い出しもしないんじゃないか。所詮はその程度の存在なのかとか、もう気持ちが冷めてしまったのかとか、要らないことばかりが浮かんでくる。俺の頭には、考えても仕方のないことばかりが充満していた。純粋に千晶との再会を楽しみにすればいいのに、日毎にいら立ちが増すばかりだった。
****
千晶が帰ってくるのは、三連休の最初の日だ。ふたつ泊まって、連休最後の日にまた仕事に戻るらしい。
万事屋に彼女の声が響いたのは、既に日が傾きかけた頃だった。
「ただいまー」
玄関口から声がしたけれど、俺は応接間の長椅子に寝そべったまま、テレビをつけていた。
仕事をしてから来たのか、見廻組の制服姿の千晶が応接間に入って来る。彼女は部屋をぐるりと見渡して言った。
「アレ?新八と神楽は?」
「新八んちに行ってる」
「そう……」
「…………」
俺はわざと何も言わなかった。怪訝そうにしている彼女もまた、どこか不機嫌そうだ。
「銀時、何か怒ってるの?」
「別にィ」
「…………変なの。私、着替えてくるね」
俺は変なんかじゃない。変なのは千晶の方だ。
好きで結婚した男とひと月も離れて、何とも思わないのだろうか。逢いたかったとか寂しかったとか、そんな可愛いげのある言葉のひとつくらい、言えばいいのに。ただいま、着替えてくるね、じゃないだろう。俺が欲しかった言葉は、そんなんじゃない。
「〜〜〜なんでお前はそうなんだよ!」
俺は和室の襖を開けて、ズカズカと中に入った。着物を出している千晶が、入ってこないでと言わんばかりに睨み付けてくる。
「ひと月も離れて、ろくに連絡もしてこねェで、お前は平気なのかよ。俺のことなんか、どうでもいいのか?」
彼女の肩を鷲掴みにして言うと、彼女は目尻をつり上げて、吐き捨てるように言った。
「何よ、その言い方。私だって、知らない場所で慣れない仕事で大変だったのに。銀時こそ、電話のひとつも寄越さなかったじゃない」
「それはなァ……」
「久し振りに帰ってきたのよ!?おかえり、の一言くらい言ってよ!」
千晶が昂って金切り声を出す。だが、そのあとの表情がやけに哀しそうで、俺ははっと気付いた。
元々俺は自分から連絡するのが苦手なタイプだ。だがら勝手に連絡を待つ方に回ってしまっていた。でも今日、わざと“おかえり”を言わなかったのは、思い返しても大人げないし、彼女を一方的に恨んで責めた俺が悪い。
「……ゴメン。意地張るのはやめよーぜ。悪かった」
俺は千晶の肩に手を伸ばした。厳しく払い除けられたけれど、何回か繰り返すうちに、ようやく彼女は折れてくれた。
「……千晶」
ひと月振りに彼女をつかまえて、腕の中に抱き締める。細っこい肩、微かに甘い髪の匂い。
服越しに柔らかい肌の感覚や温もりが伝わってくる。どうしようもなくて、俺は力いっぱいに彼女を抱いて、肩に顔を埋めた。
「お前さァ、何のつもりだよホント……新婚早々旦那のこと放っぽりやがって」
「放っておいたのは銀時の方じゃない。私のことがちょっとくらい心配なら、連絡くらいしてよ」
「悪かったって」
どっちも意地っ張りで、すぐに本心を晒せない。本当は、ずっと逢いたかった。そう、素直に言えたらいいのにとお互いに思ってる。それも分かっているのに、つい強がってしまう。
千晶の髪の毛から外の風の匂いがした。長い黒髪の束を指で撫でていると、彼女の猫のような焦茶色の瞳と、至近距離で視線が重なった。
(コイツの目って……こんな色してたっけ)
毎日、毎晩。触れたいと思った時に、側にあればいいのに。そんな風に思いながら、いつも千晶を思い描いてひとりの夜を過ごした。今、ようやく腕の中に彼女がいる。
身体を密着させているせいで、俺の欲求はムクムクと膨らむばかりだ。硬くなった下半身に千晶が気付き、赤い顔をして俺を見上げてきた時。早くも我慢の限界が来た。
「……あー、だめだ」
俺は彼女の手を掴んで、率直に言った。
「なァ、しようぜ。今から」
「えっ?!」
千晶の制服のスカーフを緩め、上着の留め具を上から順に外した。お役人の制服はやけにカッチリしていて、着るのも脱ぐのも面倒くさそうだと思っていたが、幾重にもなる制服を自分の手で脱がしていくのは妙に興奮する。
ブラウスのボタンに手をかけた時、千晶が薄明かるい外を指差して、俺の手を制した。
「ねえ……まだ夕方だよ?こんな時間から、恥ずかしいよ」
「ンなこと言うなよ」
俺は、ブラウスから覗く下着の縁に指を引っ掛けた。
「ずっと欲しかったモンが目の前にあるのに、夜まで我慢なんて出来るかよ」
「だって……」
千晶は困ったように眉をへの字にして、流されまいと俺の手を払おうとした。だが、その仕草に迷いが見える。指先同士を絡ませて許しを乞うように指にキスをすると、彼女は何とも言えない、やけに艶っぽい目で俺を見つめてきた。
無性に、かぶりつきたい衝動にかられる。俺は彼女の背を壁に押し付けると、むちゃくちゃに口づけをして、せりあがってくる感情そのものを彼女にぶつけた。
「喰っちまいてェよ。ぜんぶ」
唇で繋ぎ止めながら、俺は乱暴に千晶のブラウスを剥いだ。下着をずらして、直接彼女の柔らかい肌に触れる。暫くすると、俺が着流しを脱いでベルトを緩めるのを、千晶がたどたどしい手つきで手伝っていた。
しだいに暮れていく、橙色の夕陽に染まる部屋。かぶき町の賑やかな夜が始まる気配を遠くに感じながら、俺達は汗だくになって抱きあった。
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