七色の家族

□坂田家の休日@
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いつの間にか、俺は眠っていたらしい。起きたら辺りは真っ暗で、俺は手探りで時計を探した。針は、夜の八時ちょっと前をさしている。

「……あ、やべ」

俺はそう呟いて、和室がやけにシンとしていることに気付いた。ついさっきまで隣にいた千晶の姿がどこにもない。彼女の甘い匂いや肌の温もりは、しっかりと腕の中に残っているというのに。まるで長い夢から醒めたような気分だった。
嫌な不安がザアッと取り巻く。ひょっとして、俺は独りぼっちなんじゃないだろうか。素っ裸のまま襖を開け放ち、声を荒げた。

「おい…………千晶!?」
「なあにー?」

台所から、間延びした返事が返ってきた。

(……なんだ。居るんじゃねーか)

子どもじみた不安を一人笑い飛ばして、その辺に転がったままのパンツとズボンを履いた。濡れて汚れたシーツを引っ張って、くしゃくしゃに丸めて洗濯かごに放り込んでから、俺は台所に向かった。
喉がからからに乾いている。ついでに、ぐう、と腹の虫が鳴った。台所では千晶が冷蔵庫の中に頭を突っ込んでいて、俺を見るなり文句をつけてきた。

「お腹空いたから何か作ろうと思ったけど、冷蔵庫がスッカラカンよ。卵と残りの野菜があるだけじゃない。……っても、いつもこんな感じだったわね」

彼女は見たことのある水色の縞模様の紬を着て、笑っていた。さっきまではムスッとした膨れっ面か、感じまくっている色っぽい表情ばかり見ていたから、彼女の笑顔がやけに眩しくてどぎまぎした。何だか急に、ふたりの日常が戻ってきたみたいだ。

「銀時、晩ごはんどうしようか」
「外に食いに行こうぜ」
「新八と神楽の分は?」
「あいつら、今夜は新八ンちに泊まってくるってさ。今夜は夫婦水入らずで過ごせってことだろ」
「やぁね。子どもがそんな気を遣って」

千晶は流し台に置きっぱなしの湯飲みを洗ったり、しまい忘れた洗濯物を片付けたりしていた。彼女が何の違和感もなく家のなかを歩き回る様子を見ていたら、からだの中にすうすうと穴が開いていた部分に、ぴたりと当てはまる欠片を見つけたような気持ちになった。

それから俺達は財布だけを持って、かぶき町の飲食街に向かって賑やかな界隈を歩いた。
からだに心地いい疲れが残っている。夜の空気はひんやりとして、火照る肌にちょうどいい。

「私、中華が食べたいなぁ」
「ちょっとだけ飲もうぜ。運動したから、冷えたビールが飲みてえ」
「えー、居酒屋はやだな。居酒屋のご飯ってお腹にたまらないんだもの」
「中華屋に行けばビールも紹興酒もあるだろ。あー、エビチリが食いてーな」

他愛もない話をしながら、夜のかぶき町の喧騒を歩くその間。俺は何度も何度も、横目で千晶を見た。
彼女の熱くて湿った感覚や吸い付くような肌の感触を思い出すたび、からだの芯に残る熱が疼きだす。こうして一緒に過ごせるのは、あと一日と半分。限られたふたりの時間、どんな風に過ごそうか。

まだまだ鎮まらない欲求の赴くまま、一日抱き合って過ごすのもいいけれど、一緒に見たかった映画がある。あとは、男ひとりじゃ行きづらい甘味処に連れて行って、彼女が和室に置きたいと言っていた、箪笥を見に行こう。
俺はとりとめもなく思いながら、時間を共有できる幸せを噛み締めた。当たり前に同じことをして、同じ方へ歩いていく人が隣にいるというのは、なんて幸せなんだろう。

何処に食べに行くか、店の看板を物色する時も。明日の予定を考える時も。千晶が一緒にいるだけで、いつもは何でもないこと全部が特別になる。

やがて、千晶の方から俺の手を掴んで、指を絡ませてきた。彼女から手を繋いでくるなんて珍しい。もしかしたら彼女も、俺と同じことを思っているのだろうか。
すると彼女は、きゅ、と指先に力をこめて、

「ねえ銀時」

と俺をまっすぐに見上げた。そして、弾けるような笑顔で問いかけた。

「歩いているだけなのに、何だかとても楽しい。明日、何して過ごそうか?」



(おわり)


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