SHORT STORY

□熱をうつして
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毎日毎日暦を見ていても、今日が何日か分からなくなる時がある。
同盟を結んだ春雨との会合の為、晋助が数名の隊士を伴って宇宙(そら)へ発ってから、暫くが経つ。薫は地球の母船に残って帰りを待っていたが、間もなくひと月が過ぎようとしているのに、便りのひとつもない。待ち続けて今日が幾日めになるのか、彼女はもう忘れてしまった。

「会合が長引いて忙しいのでしょう」

晋助がいつ戻るのか、薫は毎日のように武市に訊ねたが、返答はいつも同じだった。
彼女が肩を落として溜め息ばかりついているので、

「暦を見つつ、想い人の帰りを今か今かと待ち侘びる。乙女ですなあ」

と、武市は彼女をからかった。
晋助は女のために、わざわざ通信を寄越して来たりはしない。無沙汰は無事の便りなどと言うが、たまには一言くらいあってもいいと思う。
いつも側にいるせいか、顔も見れず声も聴かずにいるだけで、何年も会っていないような気持ちなるものだ。


***


それから数日後、晋助達が帰還したとの報せが入り、薫は歓喜のあまり飛び上がりそうになった。出迎えようと急ぎ支度をしていると、なんと晋助が、船員に担がれながら寝室に入って来た。

「晋助様!?」

驚いて駆け寄ると、彼の頬は赤く上気し意識が朦朧としているようだった。まさか泥酔しているのかと思ったが、そうではないらしい。

「風邪のようでござる」

と万斉が言った。

「どこで貰ってきたのか、暫く療養させねばならんな」

寝そべった晋助の額に手を当てると、驚くくらいの熱があった。呼吸は苦しげで、急いで船医に連絡したもののすぐには来れず、到着は明日になるとのことだった。

「かわいそうに。こんなに熱を出して……」

彼女は水と氷を山ほど寝室に運んで、手拭を氷水で冷やして晋助の額にのせた。手拭はどんどん熱を奪い、温くなった手拭を取り換えまた額を冷やしているうちに、あっという間に夜が更けた。その頃には、苦し気だった彼の呼吸も、いつしか穏やかなものとなっていた。

枕元で、すう、と寝息をたてる晋助の寝顔を眺めつつ、薫は何度目になるか分からないため息をついた。
彼の帰りを待っていたのは、顔を見て声を聴きたかったから。でも、それだけではない。独り寝の淋しさを、毎夜毎夜持て余して過ごしてきた。彼が帰った時には、それを全部打ち消すくらいに強く、抱きしめてほしかったのに。

彼女は晋助の前髪をかきあげ、手拭を避けると、汗ばんだ額に口づけをした。

「せっかく、船に戻られたのに。お願いですから、早く良くなって」
「……薫」

眠っていた晋助が突然名前を呼んだので、薫は驚いて飛び退いた。
うっすらと瞳を開き、晋助は彼女の姿を目で追った。

「……耳許で、そんな声で誘うな。目が醒めたぞ」
「ご、ごめんなさい!」

真っ赤になって謝る薫に、晋助はふと微笑んで小さく手招きした。
おずおずと彼の枕元に膝をつくと、彼の腕が伸びて、熱い手のひらが頬にあてがわれた。

「待っていたのか。俺のことを」
「はい」
「独りで慰めていたのか」
「そ、そんなこと……」

薫は首を振って否定した。熱をはらんだ彼の声は、しっとりと濡れたように艶かしい。

「隠すこたァねェだろう。俺だって……お前を思って、」
「晋助様!」

薫は彼の手を布団の中に押し戻すと、肩の上まで布団をかけてやり、更にその上に、もう一枚肌掛けを重ねた。

「も、もう、寝ましょう!熱があるんだもの、早く休まないと……!」

思惑が読まれたのが恥ずかしくて、彼女は必至に取り繕うとした。
不在の間の淋しさを紛らわせるために、彼がいない間は、夜更けまで書物を読み耽ったり、また子と話し明かしたりしていた。そうしていると、眠る時は淋しさを感じないのだが、夜が明けて目覚めた時、独りだということを猶更のこと強く実感してしまう。彼の言う通り、しんとした明け方、恋しさのあまりに自慰に耽ったのは一度だけではない。

「すまなかったな。放っておいて」
「そんな事を仰るなら……」

薫は恨めしい思いで、じっと彼を睨んだ。

「通信くらい、寄越してくださればよかったのに。声を聴ければ、幾分か気持ちが落ち着きます」
「隊士達が見てる前で、俺がお前に何を話せるってんだ……」

重ねた布団を押し退けて、晋助は彼女の手を掴んで己の側に引き寄せた。腕が腰のあたりに絡みついて、身動きが取れなくなったところを、軽々と組み敷かれる。
熱い体温を間近に感じて、それだけで息が上がった。だが、相手は熱を出している病人だ。

「だめですよ、まだ……」
「少しだけだ」

何度か布団の下で攻防を繰り返してから、とうとう薫が折れた。
おずおずが手をどけると、晋助の手が襦袢の中に滑り込んで肌を愛撫した。その動きは、壊れ物を扱うように優しい。手のひらは羽根のように乳房を包み、固くしこった先端を親指の腹で弾いてゆく。むずむずと下腹部が疼きはじめ、やがてじんと脚の間に熱をもつようになる。

恥ずかしさに膝をきつく閉じるが、晋助の手は腿と腿の間へと、蛇のように滑り込んだ。入口を確かめるように指先でまさぐってから、中指が彼女の中に、ゆっくりと入って来た。

「ーーーっ!」

船員たちg寝静まった真夜中であることを思い出し、薫は手の甲を口に押し当てた。だが晋助はその手を退けると、自らの唇で彼女の口を塞いでしまう。
火傷しそうに熱い唇が、口腔を這いまわり舌を絡めとった。

「今は、まだ」

と、晋助が掠れた声で言った。

「これだけで我慢してくれ」

舌先を巧みに操って声をかき消しながら、薫の体内を暴いていく。上側にあるざらざらした部分を捏ねられ、腰が大きく跳ね上がった。
奥の方から粘りけのある蜜がどんどん溢れてくる。体を繋げていなくても、気持ちが繋がっている。淋しかったと、逢いたかったと、愛しさを込めて指が触れるたびに、温かいものが絡んで彼の指先を湿らせる。もっともっと、と誘うようだ。

だが、晋助の指や手のひらが濡れる様子を想像して、薫は薄目を開けて訴えた。

「晋助様……手が、汚れて……」
「構うなよ、そんなこと」
「んぁ、あ、でも……!」
「いいさ。気をやっちまえ」

吐息混じりに交わされる会話は密やかで、熱い呼吸で寝室の温度が徐々に上がっていくようだ。

やがて薫はぎゅっと目を瞑り、堪らずに甲高い悲鳴をあげてしまった。晋助が中指と人差し指の腹を使って、襞の凹凸を縫うように掻き回してきたからだ。遠慮がちに閉じていた脚も、今は膝を立てたまま大きく開いている。

(ーーーおかしくなりそう!)

激しく指が出入する度に、粘液が弾ける卑猥な音がたて続けに聴こえてくる。額と額を合わせるように顔を近づけて、薫、と名前を呼ばれた瞬間、彼女は強い快感に襲われて達した。

「……はあ、はっ……!」

トク、トクとからだの奥が痙攣している。頭がぼうっとして、ふわふわと波の間を揺れているようだ。

晋助は懐紙で脚の間を拭い、自分の指を拭ってから、彼女の首の後ろに腕を差し込み腕枕をした。体を寄せあった拍子に、晋助自身の熱が太腿に当たる。薫は朦朧とした頭で、彼の肌に手を伸ばして問うた。

「晋助様は……?」
「俺は、いい。熱が上がりそうだ」

彼は笑い混じりに言って、腕枕をした手で薫の髪をすいた。

「これじゃあ、お前に、風邪をうつしたかもしれねェな」
「私にうつして良くなるなら、それでも構いません……」

丈夫だから、風邪をひいても平気。そう言おうとしたけれど、それ以上言葉が続かなかった。心地よい絶頂の余韻が睡魔となって、彼女を眠りへと誘っていた。

彼の肌が汗をかいているのが、着物越しにも分かった。体を拭いてきれいにしてやらなければ。食欲がないなら、粥を作って食べさせないと。久しぶりに船に戻った彼の為に、してあげたいことが山ほどあるのに、とても眠くて眠くて、全部挙げきれそうにない。

目覚める時には側にいる。そうと知って眠りにつくのは、なんと気持ちが満たされることだろう。
熱い体温を分かち合って、ふたりは安らかな眠りについた。



(おわり)

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