SHORT STORY

□愛をこめて花束を
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薫は怒っていた。
何にかと言うと、男達の気配りの無さにである。もっと直接的に言うと、下品さにである。

「土佐の男が“いごっそう”なら、土佐の女は“はちきん”じゃ」

彼女の怒りの原因は、戦に行く途中、辰馬が言い出した他愛のない会話だった。“いごっそう”とは、頑固で気骨のある男という意味の土佐弁なのだが、対して“はちきん”は……

「のう銀時、知っちゅうか。“はちきん”ちゅうんは、八つのタマ、つまり四人の男を手玉に取る女っちゅう意味じゃき」
「マジでか。土佐の女ってスゲーな」
「薫は芯が強うてしっかりモンの長州の女じゃが……銀時よ、ここにちょうど、わしら四人おるきにの、……」
「馬ッ鹿じゃねぇのオメー、薫がお前の干っからびたタマ転がす訳ねーだろ?アイツが転がすのはコイツの腐ったタマだけだ」

銀時がコイツと指した当人、晋助は、彼の背中を後ろからガッと蹴り上げた。

「腐ってもいねーし転がされたこともねーよ」
「〜〜ってぇなァ!!何しやがんだ!」

青筋をたてた銀時が、晋助に掴みかかろうとした。取っ組み合いになろうとした時、それまで黙っていた小太郎が突然声を張り上げた。

「いい加減にしろ貴様ら!戦を前に、何と破廉恥な!!」

彼は真っ赤な顔で、ぶるぶると拳を震わせた。

「薫殿がタマを転がすなど……!そんな……薫殿が……!!」


薫本人には聴こえないだろう、彼らはそう思って話しているのだが、辰馬の大声はだいたいどこにいても聞こえてくる。会話の大半は、彼女の耳に入っていた。
男同士の品のない会話で、自分自身を話の種にされたことも非常に不快だが、何より晋助がいるところで、そんな話をしてほしくなかった。彼女が晋助に行為を抱いていることを、皆が知らないはずがないというのに。

それに、薫が快く思わないことがもう一つ。
彼女に隠れて、男連中だけでひっそりと出掛けることがある。男の付き合いで、仲間同士酒でも飲むのだろうと思っていたが、どうも違う。
翌朝は決まって、甘ったるい女の匂いをプンプンさせて帰ってくるのだ。

それからというもの、彼女は彼らと一言も口をきいていない。



***



戦の小休止。薫は仲間に頼まれて、ほつれた着物を縫っていた。
アジトの屋敷の縁側で縫い物に集中していると、考えたくないことを忘れられる。彼女は黙々と縫い物に没頭していた。

「薫、俺の陣羽織も頼めるか」

やがて、白い羽織を手に銀時がやって来た。だが薫は手元に集中したまま、彼の方を見向きもしない。
彼女の無言の拒絶は、もう何度目かのことだった。銀時はその強情さに呆れつつ、彼女の隣にどっかりと腰を下ろした。

「なァ、まぁだ怒ってんのか?」
「当然です」

薫は口を尖らせて言った。

「銀時様だって、私の気持ちを知ってながら、晋助様も聞いているところであんな酷い話に混ざるなんて」
「バカ言え。ありゃあ辰馬が言い出したことだ。この俺が大事な仲間をヤラシー目で見る訳ねェだろ?それに戦の最中だぞ。女にうつつ抜かしてる場合かよ」
「口ではそう言っても、男の人はみんな嘘つきよ」

薫はツンとして、軽蔑の眼差しを銀時に向けた。

「知っていますよ。皆さんで、夜にこっそり出掛けているのを。色町に繰り出しているんでしょう」
「うげ」

銀時の口から変な声が漏れた。
確かに、薫に悟られないように、辰馬や晋助と連れ立って遊郭へ行ったことはあった。内緒にしていたつもりだったが、おそらく遊女の白粉や香の移り香が着物に染みていたのだろう。

「バレてんならしょうがねーか」

銀時は頭を掻いて開き直った。色町で何をするのかくらい、いくら純朴そうな薫でも知っているだろう。男の現実を教えてやっても、バチは当たらない。

「いいか薫、十代の男なんてなァ、頭の片隅でいっっつもエロいこと考えてる生き物なんだよ。年がら年中発情期なの。だからちょっと油断してると、女の前でも野郎同士の猥談が始まっちまうワケ。たまに遊郭に行って処理しないと、大変なことになるんだよ」

それを聞くなり、薫は頬を染めて俯いてしまった。縫い物をする指先だけ、淡々と動かしている。
やがて、彼女は小さな声で尋ねた。

「あの……晋助様も、色町に……?」
「あ?あァ、高杉か。遊女達の方がアイツに逢いたがるからな」
「えっ?!」

薫は明らかに動揺の声を上げた。頬の赤みがすっとひいて、途端に厳しい表情になる。
その様子に、少し意地悪でもしてやろうかと、銀時のなかにむくりと黒い感情が芽生えた。

「高杉みてぇな無口な堅物、普通なら遊女達からつまんねえってそっぽ向かれると思うだろ?けどな、女心はわからねえモンで、かえって何とかして振り向かせたくなるらしい。遊女の手練手管っつって、男の気を引くために自分の髪の毛とか誓紙とか渡してくるんだよ。“高杉様のこと、こんなにも慕っていますよ”ってな」
「手練、手管……」
「誰より早く高杉を馴染みにして自分の客にさせようと、あの手この手で誘いかけてくんのさ。色町きっての、花魁のおねえちゃん達がだぜ。まァ、俺は全然羨ましくないけどね」
「…………」
「そういや昔も、遊郭で俺と高杉(アイツ)で同じ娘がいいっつった時も、女が初々しく頬染めて、高杉を選びやがったこともあったな。まァ、俺は全然悔しくないけどね」
「…………」

薫は黙ったまま、ぼうっと虚空を見つめていた。縫い針を持つ手元がぴたりと静止しているので、銀時は怪訝に思って声をかけた。

「……オイ、手ェ止まってんぞ」

すると彼女ははっと我に返り、銀時の方を見上げてきた。その瞳、一気に憔悴したようにどんよりと虚ろで、銀時は余計なことまで喋りすぎたと悟る。

取り繕うように彼女は再び縫い針を動かし始め、銀時の白い羽織に視線を落としながら、

「羽織は……後で、直しておきます」

と、沈んだ声で言った。

「銀時様、殿方の事情はよく分かりました。だからもう……知りたくないことばかり言わないで」
「オイオイ、勘違いするなよ!」

薫があまりに意気消沈しているので、銀時は慌てて弁明した。

「お前、高杉の奴が本当に、女遊びに執心してると思ってんじゃねェだろうな」
「思っていますよ。今、銀時様がわざわざ教えてくれたんじゃありませんか」
「違ェよ!ちょっと……お前をからかっただけだ。高杉が遊郭に行くって知って……あんな、驚いた顔するからよ」

薫、と言って、銀時は彼女の悲しそうな顔を覗きこんだ。

「どんな別嬪の花魁を前にしたって、高杉はおっかねぇ顔したまま、黙って酒かっくらってるだけだ。手すら握りゃあしねェ。女から貰い物があったって、帰り際川に捨てやがる。これっぽっちも、見向きもしてねェよ」

途端に、薫の瞳が揺れるのがわかった。
銀時は彼女に笑いかけ、安心させるように肩にポンと手をのせた。

「それがどういうことか、お前なら分かるだろ」


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