SHORT STORY

□愛をこめて花束を
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暫くして、外が賑やかになってきた。辰馬と小太郎、そして晋助の三人が、薫の方へ連れだって歩いてきた。

ちょうど晋助のことを話題にしていたので、薫は慌てて縫い物に集中する振りをする。まさしく噂をすればだ。銀時はニヤニヤ笑いながら、彼女に言った。

「ヅラと辰馬なら、永久に無視してても構わねェけどよ、高杉(アイツ)には、お前と話せねぇのはちったぁ辛いんじゃねェかな。許してやれよ」

すると薫は、困り顔で微笑み頷いた。暫く口をきかないつもりだったけれど、意地比べのような喧嘩はそろそろ終わりだ。

彼女の元へ、一番先に駆けてきたのは辰馬だった。

「すまんちゃー、薫!!わしが悪かった!」

彼は地べたに頭がつきそうな勢いで頭を下げ、

「金輪際、お前が厭がる話はせん!これに免じて許しとうせ!!」

と、後ろ手に持っていたものを薫の前に差し出してきた。
それは、両手いっぱいのホタルブクロだった。初夏に咲く、大きな釣り鐘の形をした赤紫色の花である。おそらく山野に自生していたものを、わざわざ捜して摘んできたのだろう。三人の草履は、泥でひどく汚れていた。

「まあ、きれい……!」

溢れるような大きな花だった。両手に抱えて、薫は感嘆の声を漏らした。こんなに沢山のホタルブクロの花を見るのは初めてだった。梅雨空が続き、太陽の光が少ない時期だ。山にひっそりと咲く花を摘んでくるのは、大変なことだったろう。

「高杉の奴が、薫殿は花が好きだからと言ってな。俺達からの謝罪の気持ちだ」

小太郎が言うので、薫は首を横に振った。

「もう、怒っていません。きれいなお花……ありがとうございます。本当に」

微笑んで辰馬と小太郎に礼を言い、それから晋助を見上げる。

「晋助様、あの……」

もじもじと何か言いたげにしているので、銀時が気をきかせて辰馬と小太郎を引っ張って行き、二人きりにさせてやった。
晋助と向かい合った薫は、ホタルブクロの花に顔を隠すようにして言った。

「晋助様、お酒を飲むのが好きなのですか」
「あ?あァ……」
「私はお酒が飲めませんけれど、その……お酌をするくらいなら、私でも出来ます。ですから……その……」

薫の声がどんどん小さくなる。
美しく着飾った遊郭の女達と、宴の席で歌や躍りに興じて春をひさぐのは男の楽しみだ。“色町に行かないで”などと、彼女の口から言えるはずもない。
だが、晋助は彼女の思惑を察したようだった。

「思い違いするな。色里の女が目当てな訳じゃねェ」

と、きっぱりと言った。

「坂本のバカと銀時のアホが誘うから……行っただけだ」
「誘われたら、また行くのですか」

薫が淋しそうな目で見上げるので、晋助は思わずふっと笑った。

「お前が嫌だと思うなら、もう行かねェよ」

そして手を伸ばして、そっと彼女の髪に触れる。

「それに、お前が酌をするというなら……俺は、その方がいい」


一方その頃、物陰からふたりの会話に聞き耳をたてていた辰馬が、鼻息を荒くして呟いた。

「薫の奴、タマ転がしがダメで尺ならいいとは、一体どういうことじゃ!」
「そっちの尺じゃねーよ。懲りねェなァ、オメーは」

銀時は呆れて辰馬をどつく。
その側から、小太郎が苦笑して言った。

「貴様ら、これからは高杉を色町に誘うのは止した方がいいようだな」
「“高杉を”……って、ヅラァ、てめぇは誘われたらまた行くわけ?」
「いや、俺はだな、」
「五月太夫だっけ?未亡人の。お前ほんっと仏頂面してスケベな。ムッツリな」
「ぎっ、銀時!!何故それを……」
「おう、わしが教えたぜよ!皆知っとるき、隠すことはないぜよ」
「さっ……坂本ーー!貴様ーー!!」


突然騒ぎ始めた三人の様子に、晋助と薫はぎこちなく顔を見合わせて微笑みあった。遠目から見ると、ふたりの間にホタルブクロの花が溢れんばかりに咲いているようだった。

確かに想い合っている、しかし、結ばれるのはまだ先のこと。
ふたりを繋ぐ恋の糸が、微かに揺れた日……。




(おわり)
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