SHORT STORY

□鬼兵隊のバレンタインデー2016ver.
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バレンタインという風習がある。開国以前に地球へ訪れた天人によってもたらされ、開国、攘夷戦争を経た現代では、菓子業界の販促戦略が成功して普及した文化である。
女性が親しい男性に対して、チョコレートを贈るというこの風習は、若者を中心に人々の生活に定着していた。

薫とまた子も、その例外ではない。2月に入ると、ふたりは町娘に扮して町へ出掛け、鬼兵隊の隊士達に贈るチョコレートを調達しに行く。滑稽な話だが、過激派攘夷集団においても若い娘がいるとそんな行事がある。
彼女達が洋菓子店の袋を抱えて船に戻ったのを見て、武市が言った。

「おや、バレンタインのお菓子ですか。今年ももう、そんな季節ですな」
「今年のチョコレートも、たくさん新作が出てて迷ったッス!」

また子が浮かれた声で言う。女性にとっては、趣向を凝らした華美な菓子や包装を見るのは飽きず、選ぶことの楽しみもある。
一方、男性にとってはそれらはいわゆる義理チョコで、特に表情の起伏に乏しい武市に至っては、貰ったところで本心でどう思っているのか、図り知ることは難しい。

「……あの、武市先輩。毎年私達からチョコのプレゼントなんて、嬉しいものなんッスか」
「ちょっと、また子さん」

薫が諫めようとすると、武市は当然のように頷いた。

「そりゃあ、嬉しいに決まってるじゃないですか。バレンタインのチョコレートをくださるのなんて、我々にとっては、貴女方くらいしかいないのですから」

そう言われて、薫とまた子はどことなくこそばゆい思いがして、目を合わせて微笑んだ。

「義理と言ってお渡しするのも失礼ですね。日頃お世話になっている感謝を込めた、贈り物です。14日を楽しみに待っていてください」

と言って、薫は微笑んだ。何を贈るにしても、相手に喜んでもらえるのは純粋に嬉しいものだ。
しかし、紙袋いっぱいの菓子箱を整理しながら、彼女は肩を落として溜息をついた。義理と相対する言葉が本命であるとすれば、彼女にとって、本命を渡したい相手はただひとり。彼のことを思うと、毎年この時期は複雑な気持ちになる。

暫くして、通りかかった万斉が話かけてきた。

「薫、今年も晋助には贈らぬのか」
「はい」

と、彼女は寂しそうに笑った。万斉が今年も″と言ったのはまさにその通りで、晋助にはバレンタインは無縁の行事だった。理由は単純、彼は甘いものが嫌いなのだ。

「晋助殿は、根っからの辛党ですからなあ」

と武市が言った。辛党というのは、酒好きの人のことだ。
また子は首を傾げて尋ねた。

「晋助様は、お酒が好きだから甘味を受け付けないんッスかね?私も晋助様に、本命チョコ渡したいッス!」
「酒にも相当の糖分が含まれますからね。酒豪の方は、甘味の糖分にはさほど魅力を感じないそうです。何より、酒の肴に甘い食べ物は不釣り合いですし」

嫌いなものを贈っても仕方がないと、薫は毎年そう思い何も贈らずにいた。だが、ずっと憧れを持っていた。世の中の恋人達がしているように、慕っている男性に気持ちを込めてチョコレートを贈ることに。
腕を組み、堂々と往来を歩くことなど出来ない自分達でも、そんなささやかな風習を楽しむことはできるのだから。

肩を落とした薫を見かねてか、万斉が励ますように言った。

「今年は、試しに贈ってみたらいいのではないか。晋助は、主が選んできたものを蔑ろにするようには思えないでござるが」
「では賭けというのはいかがですかな、万斉殿」
「賭け、でござるか?」

武市の提案に万斉は眉をひそめたが、合点がいったのか、数度頷いた。

「なるほど。薫の甘味を、辛党の晋助が食べるかどうかでござるな」
「私は、食べない方に、人気ジュニアアイドルのブロマイドを賭けます」
「ならば拙者は、食べる方に、寺門通の最新アルバムと写真集を。また子、お前はどうする」

武市が取り出した美少女の肖像写真と、万斉が懐から出したアイドルグッズを前に、また子はげんなりした表情で言った。

「なんか……私、お二人には義理でも渡したくなくなったッス」



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