SHORT STORY

□鬼兵隊のバレンタインデー2016ver.
2ページ/2ページ


14日の夜、薫は悩んで悩んで選んだチョコレートの包みを持って、晋助の許を訪れた。だが時機が悪く、彼はちょうど自室で書状に目を通しながら、晩酌をしているところだった。

晋助殿は根っからの辛党、武市がそう言ったのを思い出し、途端に不安がこみ上げてくる。晋助が書状から視線を上げ、彼女の姿を見届けて微笑んだところで、彼女は断られるのを承知で彼に尋ねた。

「あの、晋助様。甘いものはお好きではないですよね」
「何だ、いきなり」
「実は……」

薫は晋助の目の前で、箱包みを開き、蓋を開けた。箱の中には、栗のような色をした丸い粒が並んでいる。
それは、洋酒をチョコレートで包んだ菓子だった。酒が好きなら、酒の入ったものをと考えて選んだものだった。ひとつを取り出し、彼の目の前にかざす。

「このお菓子は、中にお酒が入っているんですよ。おひとつ、いかがですか」
「……俺は、その半分で十分だな」

やはり甘味が嫌いなのだ。晋助が浮かない表情でそう言うので、薫は思わず笑ってしまった。

「半分に分けたりなんかしたら、中のお酒が零れてしまいますよ。晋助様、一つだけ食べてみて」

薫がそう頼むので、晋助は悪戯っぽく笑って、彼女の手から光沢のある粒を取り上げた。

「こうすれば、半分になる」

と、彼はその粒を唇にくわえた。そのまま食べるのかと思いきや、彼はひゅっと素早く腕を伸ばして、薫の首の後ろを掴んで引き寄せた。驚いた彼女の唇が開き、その隙に、彼は粒を咥えたまま彼女に口づけた。

甘い塊は薫の口腔に放り込まれ、体温で割れたところから洋酒が浸みだしてくる。舌の上で溶けていくものを、晋助の舌が器用に絡めとっていくのと同時に、彼女の喉の奥には、焼けそうな甘ったるさと強い酒が混じったものが流れ込んできた。
体の芯がじんじんと痺れてきそうで、頭がぼうっとする。彼女は小さく呻いて、晋助の着流しをぎゅっと掴んだ。

「ん、ん……!」

どのくらいそうしていただろう。口の中に酒の味がしなくなってから、ようやく晋助は薫の唇を解放した。己の口許を指先で拭い、眉を寄せて苦笑する。

「甘いな」
「……こんな食べ方、普通はしないものですよ」

薫は懐紙で濡れた唇を拭いて、恨めしい思いで晋助を睨んだ。今頃、頬が火照って真っ赤になっているだろう。それは、慣れない洋酒を口に入れたせいだけではない。

「やっぱり、俺ァ辛い安酒の方がいい」

晋助はそう言って、徳利に手を伸ばして一口にぐいと呑んだ。そして昔を懐かしむかのように瞳を細め、穏やかな声で呟いた。

「……昔、めっぽう甘味好きのバカがいてな。甘いものを見る度に、そいつのアホ面が浮かんできやがる。だから、俺ァ甘味は好かねェのさ」
「そう言えば、そうでしたね」

彼が誰の話をしているのか分かったので、薫は微笑んで頷いた。
人の性分や好みというのは、そうそう容易く変わらないものだ。酒を好んで飲み、甘味を嫌う。晋助は昔からそうだった。辛党と甘党で反りが合わないのも、ずっとそう。


彼女は満足した思いで、ひとつだけがなくなったチョコレートの箱の蓋を、そっと閉じた。

「一度、してみたかったのです。晋助様にチョコレートを贈るのを。だってお渡しすることで、言葉にしなくても気持ちが伝えられるんですもの。子どもじみていると思いますか?」
「いいや」

そう言いながらも、晋助は可笑しそうに笑って薫を見た。そして、

「気持ちを伝えるために甘いものを贈るくらいなら、もっと、他にいい方法があるんじゃねェのか」

と、彼女の肩を掴んで引き寄せると、額を合わせるようにして顔を近づけた。
今さっきまで触れていた唇がすぐ近くにあって、薫は恥ずかしくなり顔を背けようとした。だが、晋助がそうさせなかった。彼女の顎を掴むようにして瞳を覗きこんで、わざと拗ねたような声を出す。

「なァ、薫」
「………」

誘うような声色に、とうとう薫は根負けした。
晋助の首に、おずおずと腕を回す。そして、少しだけ甘い匂いの残るその唇に、自分からそっと口づけた。



***



14日の翌日は、艦内がどことなく洋菓子の甘い匂いがする。ふわりと軽い、砂糖の香りは、人の気持ちを幸福にする。

通路ですれ違った武市が、薫に話しかけてきた。

「薫さん、お酒入りのお菓子、晋助殿は召し上がりましたか?」
「ええ、少しだけ」
「おや。では、一つくらいは食べていただけたのですね」
「いいえ、その……召し上がったのは確かなんですが、一つ程まではいかなくて、食べてもらえたかというと、微妙な……」

薫が頬を染めて口ごもると、途端に武市は険しい顔になった。

「味見した程度というと、それは食べたうちには入らないのではないですかな」
「えっ?」
「その辺の事情は、もっとはっきりしていただかないとなりませんな。何せ、私のお気に入りのブロマイドがかかっているんですから!」




(おわり)
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ