SHORT STORY

□鬼兵隊の夏休み
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梅雨が明け、空高く昇った夏の太陽が我が物顔で照り付ける。カンカンとした陽射しが、本格的な夏の到来を告げていた。

船着き場に停泊した鬼兵隊の船では、甲板に出たまた子が、青い空を見上げて呟いた。

「ああ……夏っぽいことしたいッス……」

独り言を聞きつけた万斉が、素っ気なく言い放った。

「では、海水浴はいかがでござるか。海ならすぐ足許にあるゆえ、存分に泳ぐがよい」
「そういうことじゃないッスよ!去年の夏もその前も、夏は私達宇宙(そら)に行きっぱなしで、ここ数年、夏のイベントがごっそり抜け落ちてるッス!!」
「夏のイベントなど、我々攘夷志士には無縁でござる。野郎が揃って海水浴に行ったところで、」
「お二方、イベントではありませんが」

甲板にやって来た武市が、二人に声をかけた。

「夏の名物なら船にありますよ。昔の仲間から尾花沢のスイカが届きました」
「尾花沢?」
「東北のスイカの名産地です。今、薫さんが冷やしてくれてますから。後で皆さんでいただきましょう」
「あ。ちょっと、待ってくださいッス!」

また子が目を輝かせて、武市の腕を掴んだ。

「どうせ食べるなら、夏っぽく食べるのはどうッスか!?」

彼女の思いつきで、急遽甲板でスイカ割りをすることになった。

陽射しが和らいだ夕暮れ時。また子は万斉から稽古用の竹刀を借り、甲板で大玉のスイカと対峙した。隊士達は皆面白がって、船の縁に集まって囃し立てる。
また子は目隠しをして、竹刀を正面に構えてよろよろと歩いていくが、スイカのある方向とはズレていた。武市が隅の方から、彼女に声をかけた。

「また子さん、もっと右ですよ、右」
「そこかァァァァ!!」

また子が渾身の力で竹刀を振り上げ、床に向かって勢いよく叩きつけた。だが竹刀の先端は、スイカではなく、武市の足元の板張りに見事にめり込んでいる。

武市が、足元を見下ろしながら震える声で言った。

「……また子さん。狙うものを間違えてはいませんか。これじゃあスイカ割りじゃなくて、武市割りになっちゃいますよ」
「間違えてなんかいないッスよ。この船からロリコン大魔王を抹殺する、絶好の機会ッス」
「なっ、何ですと!?」
「私、この間見ちゃったんッスよ……武市先輩が夜の操舵室で、○学生の水着写真を見て涎垂らしてるのを……」
「アッ」
「船の風紀を乱すものは、この私が許さないッス!」
「そ、それは誤解です!私はただ、真夏の風物詩を愉しんでいただけで、」
「何が風物詩だァ!!覚悟ォォォォォ!!!」
「ひいいいい!!!」

また子は目隠しをしたまま、竹刀を持りかざして武市を追いかけ始める。縦横無尽に振り回される竹刀に隊士達も逃げまどい、甲板の上は大騒ぎになった。

日陰からその様子を見ていた晋助は、呆れて溜め息をついた。

「何やってんだアイツら」
「スイカ割りですって」

その隣で、薫はクスクスと笑った。



***



「せっかく冷やしたのに、ずっと外に置いていては温くなってしまうわ」

薫は喧騒の中から、スイカを日陰に避難させた。ずっしりと重く、黒い縞模様がくっきりと表れた立派なスイカだった。

「スイカは熱帯の砂漠が原産地なんですって。西の方から伝わったから、西の瓜と書いて西瓜(スイカ)と読むんだそうですよ」

包丁で半分に割ると、十分に熟れた真っ赤な果肉が姿を見せた。黒々とした種との色の対照が何とも鮮やかだ。
真ん中の一番甘い部分、種のないところを切り取って、一かけらを晋助の口許に運ぶ。

「どうぞ、晋助様」
「……砂糖水を食べているようだな」
「本当に。甘くておいしい」

夏の果物の瑞々しさと喉を潤す甘さに、薫は目を細めて微笑んだ。


気付けばいつの間にか陽は落ちて、空は薄い闇に包まれている。海に冷やされた風が首を撫でていき、汗ばんた肌を乾かしていくようだ。

遠くの方を眺めていた薫が、あ、と声を挙げて空を指差した。

「晋助様。ずうっと向こうに、花火が見えますよ」

彼女の指した方には、目を凝らさなければ見えないほど、小さな花火が上がっては消えていくのを繰り返していた。

「どこかで祭りでもやってるのかもしれねェな」
「お祭りなら、ほら、今ここでも」
「まだ懲りねェのか」

甲板では相変わらずまた子達が騒いでおり、晋助と薫は目を合わせて笑い合った。
賑やかに更けていく船の夜、一時の夏の休息。



(おわり)
 

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