SHORT STORY
□タバコは一箱に一、二本馬糞みたいな匂いのする奴が入っている(鬼兵隊版)
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「皆ァァ!聞けェェェ!!」
また子がブリーザを倒した後、彼女の元へ鬼兵隊の部下達が一同に集結していた。彼女はズルズルボールを高々と掲げあげて、熱弁を奮った。
「これは七つ集めるとズルズルの龍が現れて、何でも欲しいものをズルズルにしてくれる不思議なボールッス!!晋助様のタバコを手に入れるには、残り六つのズルズルボールを集めて願いを叶えなきゃいけないッス。
さあ皆、力を合わせてズルズルボールを集めるッス!!」
「おおっ!!」
部下達は拳を振り上げると、散り散りになってズルズルボールの探索へ向かった。
その様子を遠巻きに眺めながら、武市が青い顔で言った。
「ちょっとあの娘大丈夫でしょうか。何だか大掛かりになってきましたけど……」
「鬼兵隊総出でボール捜しなど前代未聞でござる。おおかた、ヌルヌルボールを探さなければ晋助に八つ裂きにされるなどと嘯いて、また子が隊士達を脅したのだろう」
「万斉殿、ヌルヌルじゃなくてズルズルですよ」
そうしてまた子達の働きによってズルズルボールは七つ集まり、また子は龍を召喚した。
「出でよ!ズルズ龍!!」
暫くの間があって、鬼兵隊の頭上に巨大な龍が姿を現した。
“よくぞヌメヌメボールを集めたな”
龍が低い声で言い、武市は眉をひそめて呟く。
「……アレ。ズルズルじゃないんですか」
“願いは何だ……申してみよ”
「でも、願いは叶えてくれるようですね」
「いや。待つでござる、武市」
と、万斉が制した。
「よくよく考えてみれば、晋助のタバコくらい、地球に帰ればいくらでも手に入るでござる。それよりも拙者は、あのハメック星の不憫な子どもを何とかしてやりたいでござる」
万斉が言うと、また子も我こそはとしゃしゃり出てきた。
「それを言うなら、私だって!!ズルズルボールのために想像を絶する苦労したッス。これも全部晋助様の為……。だから私……私……晋助様と、ち、ち、ちゅーがしたいッス!!」
「お前の願望は本当に下らないでござるな」
龍の姿を前に、彼らには個人的な欲望が芽生え始めている。
武市は腕を組み、暫く思案した。
「叶えられる願いは、おそらくひとつだけでしょう……。しかし、そこは交渉次第。今こそ、参謀たる私の力の見せ所です。万斉さんとまた子さんの働きを、決して無駄にはしません」
それから武市は、万斉やまた子含め、隊士達を船に引き揚げるように指示した。龍と一対一で、交渉の場を設けるためである。
「さあ、これで邪魔者はいなくなりました。早速、交渉といきましょうか」
“早くしろ……ヌメヌメが乾いてしまう……”
「我々が欲しいもの……それは……!」
カッと目を見開いた武市は、両腕を空に向かって高々と掲げた。
「寺子屋時代の花子ちゃんのジャージ(使用済み)と縦笛ェェェェ(使用後)!!!」
***
その後三日経ったが、武市は船に戻ってこなかった。
「武市先輩の裏切り者!晋助様のタバコ、結局手に入れられなかったッス!!」
「まあ、そう怒るな。ヌルヌルのタバコなど、手にいれても困るだけでござる」
憤慨するまた子を、万斉が宥めた。
「武市には人柱になってもらうでござる。晋助がニコチン切れでイライラしたならば、責任は全て武市にあると言って宇宙に放り出せばよい」
「そのくらいでないと、気が収まらないッス!!」
そんなタバコをめぐる一部始終を見ていた薫は、不安になって晋助の元へ向かった。
「晋助様、あの」
晋助が煙草のない暮らしに苛立ちをもて余していたら、どうしようもない。そう思いながら晋助の部屋に入ると、嗅ぎ慣れた紫煙の香りが漂ってきた。
屏風の陰では、晋助が寛いだ様子で煙草を吸っていた。
「あら?」
「どうした、薫」
「いえ……晋助様、煙草の在庫がなくなってしまったのではないですか?」
「あァ、そのことか」
晋助はふっと笑うと、棚を開けて薫に見せた。なんと棚の中には、ところ狭しと大量の煙草が敷き詰められていた。
「昔、船で煙草を切らしてしまったことがあってな。こうして余分に持ち歩くようにしている」
「まあ」
「コイツがねェと、どうにも口寂しくていけねェ」
晋助が煙草を余るほど持っていることも知らず、また子や万斉は奔走していたことになる。薫はくすくすと笑いながら、晋助に言った。
「晋助様、今度、万斉様やまた子さんや、皆さんにお礼を言ってください」
「何かあったのか?」
「皆さん、晋助様のことをとてもとても、大切に思っているからですよ」
(おわり)