SHORT STORY

□そのままのあなたが好き
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「“飽きられない女”になるって、結構大変ッスね」

鬼兵隊の船、銃の手入れをしながら、また子が神妙な顔で呟いた。
独り言のようでもあり、けれども聞き逃すには興味深い一言が気になって、薫は尋ねた。

「何ですか?“飽きられない女”って」
「男は、みんな飽きっぽい生きものだって雑誌に書いてあったッス。女からしたら安泰で平穏な関係を続けていても、男からすれば、刺激のない退屈な関係になり下がってる場合もあるってことッスよ」

そう言われて、薫の頭に浮かぶのは勿論晋助と自分の関係である。
幼少期に知り合ってから早十数年。恋仲になってからは、片手では数えられない年数が経過している。その間色々な出来事があったが、ふたりの関係は昔から変わっていない。それが裏を返せば、もしかしたら刺激のない関係となっているかもしれない。

「また子さん……男の人は、退屈を感じたらどうするのかしら」
「そりゃあ、他の女に乗り換えるに決まってるッス」
「えっ」
「だから、女は飽きられない為の努力をしなきゃならないんスよ」

また子はそう言って、流行りの女性向け雑誌を持ってきた。華やかなデザインのページを、薫とまた子は額を突き合わせるようにして熟読した。

「えーっと、“感情表現が豊かで、表情のバリエーションが多い女性は魅力的に見える”って書いてあるッス」
「感情表現……」

薫は自分の頬に手のひらを当てた。感情表現が豊かの反対語が“乏しい”としたら、乏しいまではいかなくとも、控え目であることは間違いない。

「あとは、“話の引き出しが多くて話上手”とか、“行動が積極的でチャレンジ精神がに溢れている”……とかッスね」

これも同様に、話下手で消極的とまではいかなくとも、行動が積極的だとは、自分の性格に当てはまると胸を張って言えない。

「いまの男の人は、明るくて活動的な女性が好きなのね」
「少なくとも、今挙げた3つの条件は私には当てはまってるッス!」

また子は得意気にニッと笑った。

「晋助様は、今は薫姐さんみたいな大人しいタイプが好きかもしれないッスけど、それに飽きる時が来たら、私の時代がやって来るッス!」
「失礼ね、それじゃあまるで私が……」

いつか、飽きられる女みたいではないか。口から出かかった言葉を飲み込んで、薫は小さく溜め息をついた。

昔から、女は男を陰ながら支えるもの、そんな風に考えていた。けれど時代は変わっている。女だてらに鬼兵隊の幹部級を努めるまた子がいい例で、男を立てるという昔ながらの女性像は、もはや古いのかもしれない。


薫はもやもやとした気持ちのまま、こっそりと晋助の自室を覗いた。
彼は脇息に肘をついて、書状を眺めていた。宇宙海賊春雨や倒幕派との繋がりで、彼には重要な報せが日々舞い込んでくる。煙管盆に置かれた吸いかけの煙管から仄かな煙が立ち上っていて、じっくり一服する時間もないのだろう。

暫くして、晋助は薫の視線に気付いたようだ。彼はちらりと後ろを振り向いて、言った。

「どうした。そんな所に立ったままで」
「…………」

下らないことと思われても、薫の中では不安ばかりが大きくなっていた。
大きな獲物を見据えて暗躍する晋助にとって、己の存在など取るに足らないものではないだろうか。一旦そう思ってしまうと、確かめられずにいられなくなる。

「晋助様、私といて……退屈ですか?」
「退屈?」

彼女は俯いて、手の指を組み合わせながらおずおずと言った。

「もう……何年も一緒にいるんですもの。そのうちに、私に飽きてしまうんじゃないかと思って……」

後半の方は、口にするのが怖くて最後まで言えなかった。
晋助は黙り込んだ薫の顔をまじまじと見ていたが、やがて険しい顔つきで訊ねた。

「お前は俺に対しても、“飽きた”なんて考えてるのか」
「えっ!」

薫はバッと顔を上げて、慌てて否定した。

「ちっ……違います!私は、決してそんなこと、」
「お前が“飽きたのか”と俺に訊いてきたんじゃねェか。同じことを訊き返しただけだ」
「…………」

彼は明らかに不機嫌になっていた。ふいと薫に背を向け、再び書状に目を落とす。

薫は突き離されたような気持ちになり、ギュッと拳を握って俯いた。やっぱり余計なことを、聞かなくてもいいことを訊いてしまった。
食べ物や趣味の話をしているのではない、飽きるなんて、自分が訊かれて気分のいいものではなかった。晋助の背中は、静かな拒絶を現していた。

「……邪魔してしまってごめんなさい、晋助様」

薫は小さな声で詫びて、部屋を出ようとした。しかし彼女の背中を、晋助のぶっきらぼうな言葉が追いかけてくる。

「俺の言葉が足りないから……そんなことを、気にするのか」
「……晋助様」
「俺に何か不満でもあるのか。あるなら言ってみろ」

じわり、と甘酸っぱい感情が芽生える。
薫は晋助の背後に歩み寄ると、首に腕を回して彼に抱きついた。

「不満なんて、ひとつもありません。こうして一緒にいられるだけで幸せなのに、ちょっとしたことで不安になってしまって……」

晋助が振り向いて見上げてくる。その目が怒ってはいないことを悟って、薫は安堵して微笑んだ。

「“男の人は飽きっぽい”と、また子さんが読んでいた本に書いてあったのです。それで、私はあまり、その……活発な方ではないので、退屈だと思われてはいないかと」
「また子か」

晋助は苦笑した。

「若ェ奴の言うことにいちいち振り回されるな。お前が何でも真面目に受け取るのを面白がってるだけだ。俺ァお前といて、退屈だと思ったことは一度もねェよ」

晋助は胡座をかいたまま体の向きを変えると、膝立ちしている薫を引き寄せるように、彼女の胸元に額を押し当てた。
まるで、気紛れな猫が甘えてくるような仕草だった。薫は艶のある髪を指ですいて、彼の頭を優しく腕にかき抱いた。

「……そのうち、何処かへ行こう」

薫に体を預けたまま、晋助が呟いた。

「お前の行きたい所でいい。何処か静かに過ごせる場所で、のんびりと過ごすか。お前が“飽きた”と思うくらいまで」
「本当ですか」

薫は目を輝かせて喜んだが、彼女を見上げてくる晋助の目許には疲れが滲んでいるのに気付いた。
ふたりきりで、気儘に遠くへ出掛けることが出来たらどれだけ幸せだろう。けれど、晋助と共にいたいと思うのは、彼を必要としているのは、彼女だけではない。

薫は、でも、と首を横に振った。

「晋助様には、やらなければならない大切なことが山程あるでしょう。いつか、それが全部片付いて、羽根を休める時間が出来たら……
出掛けるのは、その時で構いません」
「そんな事を言ったら、いつになるのか分からねェぞ」

と晋助は隻眼を細めて笑った。

「いいのです、それでも。楽しみは先にあればあるほど、ずっとずっと大きくなるもの」

それに、と薫は考える。女に気を遣って何処かに行こうなんて、彼らしくない。世界を相手に喧嘩を仕掛ける、そんな大きな野心を秘めて眈々と先を見据えている、そんな姿を見ているのが好きなのだ。
鬼兵隊総督の名を背負って新しい時代へ向かおうとする屈強さが、何より眩しいのだ。

薫は目を閉じて、腕に力をこめて晋助を抱き締めた。

「晋助様は、今のままでいて下さい。ずっと。私は、今のままが一番……」



***



数日後、艦内でまた子とすれ違った晋助は、彼女を呼び止めた。

「また子」
「何ッスか晋助様!?」
「“飽きられない女”の条件って何だ」
「えっ……あ、あの、雑誌に書いてあるやつッスか……?」

また子はひきつった笑いを浮かべて、いそいそと雑誌を取り出してきた。
腕組みをした晋助と、女性誌を手にしたまた子の組み合わせは滑稽で、船員達のかっこうの興味の的になる。行き交う船員たちは、彼らが何を話すのか聞き耳を立てていた。

また子は薫と一緒に読んだページを読み上げてから、更にページを一枚めくり、次に書かれていることを読んだ。

「えーっと、飽きられない女とは……“疲れているときに優しい”とか」
「ほう」
「“ありのままを受け入れてくれる”とか……」
「へえ」
「“笑顔で話を聞いてくれる”、とかッス!」
「なるほどな」

晋助はふっと笑ってその場を後にした。今、また子が言ったことすべてが薫は当てはまると、薫自身は気付いていないのだろう。

本の中で、虚構が作り上げた完璧な女など、どこを捜したっていやしない。けれど、幾つもの月日が流れても傍にいるのは、これからも傍にいてほしいと願うのは、愛するひとのありのままの姿に、飽きる時などないから。



(おわり)

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