SHORT STORY

□鬼兵隊と春雨のバレンタイン2017ver.
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晋助は安心させるように彼女を抱きすくめ、髪をそっと撫でた。

「お前を嫌いになんて、なろうとしてもなれねェよ」

恥じらいに涙を零し、許しを乞う薫が愛おしかった。晋助は彼女の両方の頬を抱え込み、唇を探り当てて重ね合わせた。抱き合う時はいつも、初めに口づけをするのに、この日はそれが一度目の口づけだった。唇を抉じ開けるように舌を差し入れると、彼女は小さく喘いで腰をくねらせた。

晋助は薄く笑いながら、涙に濡れた彼女の顔を覗き込んだ。

「淫らなお前も悪くねェ。だが、俺ァ責められ続けるのは好みじゃねェんだ」

そして薫を抱きかかえると、体を横に回転して上下を入れ替えた。攻守交代、彼女の手首を抑えて組み敷き、寝間着から覗く胸元に吸い付く。そのまま胸の頂に向かって舌を這わせ、硬くなった蕾をすっぽりと口に含んだ。途端に彼女の体は弓のようにしなり、震える肌が愉悦を伝えて寄越した。

片手を伸ばし、彼女の両膝を立てる。足の間に指をやると、そこはもう、熱く潤っていた。

「や……」

薫がパッと、恥ずかしそうに顔を背け、その拍子に形のよい耳が晋助の目の前に現れた。彼はその耳たぶに噛り付いた。

「っあぁ、や、ああ」
「こんなところまで敏感になってやがんのか……いや、耳が弱ェのは元々か」

耳たぶを舐め、息を吹きかけただけで、薫は悲鳴をあげて激しく身を捩った。
晋助は黒く窪んだ小さな耳孔に、そろりを舌を差し入れた。彼女の肩がびくりと竦み、甘ったるい声がひっきりなしに漏れる。円を描くように舌を動かしながら、指先で秘所を弄っていると、トロトロとしたものが後から後から溢れてくる。

これが催淫剤の作用だと思うと、どこか憎たらしい思いもするが、ひたすらに晋助を求めてやまない薫を、やはり自分だけの女なのだと思う。

「お前がこんなふうになっちまったのは、第七師団のクソガキが食事に妙な薬を混ぜたせいだ。野郎殺してやろうと思ったが、俺の知らねェお前を見れたのは儲けものだな。毎晩ああやって、誘ってきたっていいんだぜ」
「晋助様、も……もう、だめ、もう……!」

悲痛な声をあげて薫は懇願した。晋助は彼女の足首を掴んで抱え上げると、腰の間に割って入った。彼女の唇が歓喜の声をあげた拍子に、白い前歯と真っ赤な舌がちらりと覗いた。濡れて鮮やかに色が映える様子が、何とも官能的だった。
恍惚の表情で、水に溺れるように悶える彼女の姿は、まるで跳ねる若鮎のようだ。細い脹脛に嚙みついて歯を立てながら、彼は熱っぽい声で囁いた。

「お前が欲しがるなら、やめてくれと泣いて乞うまで、何度だってくれてやるよ」

狭い天井の部屋が、ふたりの湿った吐息に満ちる。空気までが、飴色に濡れていくよう。


***


薫が目覚めたのは、船員たちが活動し始める頃だった。通路を行き交う足音を遠くに聞きながら、彼女は下半身に違和感を感じて身動ぎをした。体の奥がじんと痺れたような感覚、膝を動かすと、つう、と太ももの内側を伝うものに気付く。

「あっ、やだ……」

慌てて指をやると、それは生暖かく白く濁った色をしていた。晋助が残していったものだと気付いた瞬間、夜の記憶がまざまざと浮かび上がってきた。
晋助はというと、薫が目覚めたことに気付きもせず、うつ伏せになってすうすうと眠っている。彼女は起こさないようにそろりと寝床を抜け出すと、急いで着替えをして通信室に向かった。

おぼろげな記憶の中で、晋助が言ったことを覚えている。“お前がこうなったのは第七師団の……”、彼がいったことがどういう意味か、確かめなくてはならなかった。

通信室の扉を開けると、ちょうど居合わせた武市が薫に手招きした。

「薫さん、今、神威殿から通信が入ったところですよ。プライベートな内容を話したいとかで、これをつけてほしいと……」

武市が渡してきたのは、イヤホン付きのヘッドセットだった。言われるまま頭に装着すると、イヤホンから、神威の明るい声が聴こえてきた。

「やあ薫、昨日はシンスケと盛り上がった?」
「!!!???」

そんなことを言われると思ってもいなかったので、薫は仰天して目を白黒させた。会話が周囲に漏れ聞こえていないか気が気ではなく、彼女はイヤホンを手のひらで押さえながら、マイクに向かって小声で訴えた。

「晋助様が言ったとおり、あなたが悪さをしたのね!」
「悪さだなんて、人聞きの悪い。君が使うスプーンに、特別な薬を一舐め程度つけただけだ。で、どうだった?」
「どうだったって、あなた……」

呆れた思いと一緒に、怒りが束にになって湧き上がってくる。薫の声のトーンは、知らず知らずのうちに上がっていた。

「どうしてそんなことをしたんです!?た……大変だったんですよ、もう、頭がおかしくなってしまったんじゃないかと……!」
「昔、俺に言っただろ。好きな人の前で素直になれないってさ。その様子じゃ、十分楽しめたみたいだね。多少は自分自身に正直になれたんじゃない?」
「楽しめたって、そんな言い方はないでしょう!」
「シンスケには、俺が嘘ついたってバレてると思うけど、料理には何も混ぜてないことは確かだから。同盟は存続の方向でって、伝えといてよ」
「あっ、ちょっと、神威さ……」

薫が止めるのを待たず、通信は一方的に切れてしまった。無音となったヘッドセットを外し、彼女は大きくため息をついて肩を落とした。
全くもって、はた迷惑なおせっかいだ。子どもの悪ふざけにまんまと嵌って、とんでもない目に遭ってしまった。この始末を、晋助はどうつけるつもりだろうか。そう思っていると、

「あ、晋助殿」

武市の声がして、薫はびくりと体を硬直させた。寝間着に羽織をかけただけの起き抜けの姿で、晋助が通信室に姿を見せたのだ。

「薫、ここにいたのか」

その声は艶っぽく掠れていて、否が応でも、夜の記憶が断片的に蘇ってくる。毎晩誘ってきたっていいと、焦らすように耳に吹き込まれた囁き。そして、何度だってくれてやると、吐息混じりの情熱的な声。思い出すだけで、血が全身を激しく巡り始める。とうとう、薫はその場にいることさえ出来なくなってしまって、逃げるように通信室を後にした。

出て行った薫を目で追いながら、武市は不安そうに言った。

「晋助殿、薫さんと神威殿の間に、何やら一悶着あったようですが……」
「あァ、そのことか」

晋助は羽織の袖に手を差し入れ、そこにあるものを確かめてから、薄ら笑いを浮かべた。

「あのクソガキ、金輪際顔を見たくねェ。……と言いてェところだが、コイツの使いみち次第じゃあ、許してやっても……」

彼の袖にあるのは、神威から没収したままの、ガラスの小瓶だった。
どんな思いを巡らせてか、晋助は妖艶に微笑みながら、悠々とした足取りで薫の後を追った。



(おわり)
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