SHORT STORY

□ふたりが色褪せる前に
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薫が船着き場に戻る頃には、既に日は傾き、海は暮れ方の光を反射して鈍く光っていた。
甲板を行き交う船員たちの影が、灰色に長く伸びている。その中に混じって、晋助の姿があった。唐草紋様の羽織を風に靡かせ、彼は朱色に染まった空と海の境目を眺めながら煙管をふかしていた。

彼女の姿に気付いて、晋助はうっすらと目許を細めた。

「遅かったな。何処へ行っていた」
「町の方へ、ちょっとお使いに」

薫は微笑むと、晋助の隣に寄り添い、腕を組んだ。彼の肩に頭を預けて、目を閉じる。潮風が頬に冷たく当たるが、触れ合った部分に感じる温もりのせいで、寒くはなかった。
人目を憚ることもなく、肩をくっつけて寄り添う様子はまさに恋人同士そのものだ。船員たちは目の当たりにするのが気恥ずかしく、次々と甲板から捌けゆく。

先ほどまで船員たちが慌ただしくしていたのが嘘のように、甲板にはふたりきり、海鳴りを背景に、潮風が吹きぬける音だけが響く。晋助は苦笑して言った。

「見てみろ薫。隊士達が気ィ遣って、どこかへ行っちまったぜ」

薫は何も言わずに、首を傾げてじっと晋助を見上げた。その仕草が、仔猫が甘えてすり寄るような愛らしさがあって、晋助は堪らずに頬に口づけをした。

「いつからお前は、そんなに甘えん坊になったんだ。何かあったのか」
「晋助様……私、死ぬときは、晋助様の隣で死にたい」

薫が突然そんなことを言うので、晋助はぎょっとして彼女を見つめた。最後の灰を海に落とし、煙管を懐にしまうと、その手で彼女の肩を抱く。

「何があったかと思えば……まさか、お前の最期を看取れと頼みごとをされるとはなァ」
「想像したら、とても耐えられそうにないんですもの。もし、晋助様が逝ってしまって、残されて独りきりになったら……淋しくて淋しくて、どうにかなりそうよ」

彼女は小さく首を振りながら、晋助の首筋に鼻の先を擦りつけた。まるで兎の目ように、怖気づいて不安そうな瞳が小刻みに揺れていた。

「最期まで一緒にいたいの。お願い、約束して、晋助様」
「俺が先に死ぬか、お前が先に死ぬか、そんなこたァ誰にも分かりゃしねェよ」

晋助は低く笑いながら、彼女の頭に手をやり、胸に強くかき抱いた。

「俺だって、お前に先立たれるなんざァ御免だぜ。どちらか一方残されるのが嫌なら、俺とお前と、一緒に死ぬしかあるめェよ」
「それでも構いません。―――いいえ、そうさせて」

薫は晋助の首に腕を回して、唇をねだった。お互いのそれは海風ですっかり冷え、乾いていたけれど、深く合わさるにつれて暖かさを取り戻していった。波が寄せては返すのを繰り返すように、潮騒に耳を傾けながら、何度も口づけをした。
お互いを愛している、それ以上の何かを、言葉では伝えきれない感情をのせて、海が夜の藍色に染まるまで、ふたりはきつく抱き合った。



(おわり)
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