SHORT STORY

□髪結いて、心結んで
2ページ/2ページ


「晋助様ァ!!」

赤鬼寺に、弾けるような明るい声が響き渡った。薫が声のした方を振り返ると、真っ赤な着物を着た少女が晋助の元へ駆け寄り、頬を赤らめて何か話しかけている所だった。

晋助や薫が潜伏する寺に、元幽撃隊総督、来島また子が足を運ぶようになってから暫くが経つ。彼女は命の恩人である晋助に対して、常に恍惚とした熱っぽい眼差しを傾けていた。

昔の和歌で、“しのぶれど 色に出でにけり わが恋は”と始まる平兼盛の歌があるように、異性を慕う気持ちは他人に悟られぬよう、己の心にそっと秘めておくものである。ところがまた子の場合、隠すどころか、好意を抱いていることを熱烈に主張し、頻繁に晋助の側にまとわりついていた。
活発で、尚且つ若いまた子が寺にいると、寺の空気がパッと華やいで明るくなる。そんな彼女に対して、晋助はとりたてて多くの言葉をかける訳ではないものの、暖かみのある瞳で彼女を見守っていた。そんな二人の様子を目にする度、薫はざわざわと、胸の辺りが騒々しくなるのだった。


その頃、季節は晩秋を迎え、寺の周囲の雑木林は金色や朱色に色づき始めていた。晋助が一人、寺の濡れ縁で煙管を吹かしているのを見つけた薫は、背後から彼に近付いた。

「晋助様」

そう呼び掛けるとともに、背後から腕を回して抱き締める。晋助は振り返り、口許に微笑みを浮かべて薫を見上げた。

「見てみろ薫。鬱蒼とした森も、色付けば表情が変わるものだな。ここからの眺めは、もうじき友禅の反物みてェになるだろうよ」
「森が友禅染になるなんて、素敵な喩えね」

薫への眼差しが、また子に向けられる視線と同等のものに思えて、ますます複雑な気持ちになる。彼女は晋助と肩を寄せるように濡れ縁に腰かけて、控えめに尋ねた。

「ねえ晋助様……。また子さんのこと、どう思われますか?」
「どう、と言われてもなァ」

晋助は煙管をくわえたまま、顎を撫でながら言った。

「俺や万斉を恐がりもしねェで、歳の割りに度胸のある娘だと思うが……お前はどうなんだ、薫」
「攘夷戦争の頃から、晋助様の回りには男の人しかいませんでしたから、女性がいるのは不思議な感じがします」
「言われてみりゃあ、そうかもしれねェなァ」

また子が晋助の側にいるようになったなら、そのうち自分の居場所が無くなるのではないかという不安は、あまりにも子供じみていて言えなかった。

「元はと言えば、お前と縁あって此処に来るようになった娘だ。妹みてェなモンだと思って、接してやればいいさ」
「……妹、ですか」

薫は晋助に気付かれぬよう、小さな溜め息をついた。また子の存在に何か呼称をつけるとしたら、それは妹なんて可愛らしいものではなく、恋敵と呼ぶのではないだろうか。



***



夕餉の仕度を終えた薫が、また子に知らせようと捜し回っていると、また子は僧坊の隅で丸くなって眠っていた。

「まあ。こんな所で居眠りするなんて……」

広い寺の中をまた子は好き勝手に使っていたが、気紛れに訪れては去ってゆくのを繰り返していた。身寄りのないまた子が、普段どんな場所で寝泊まりして、どんなものを食べているのか、薫はいつも気掛かりだった。

風邪をひいてはいけないと、羽織を脱いで肌掛け代わりにかけようとした時、また子がぱちりと目を開けた。

「あら。ごめんなさい、起こしてしまいましたね」
「やだ、私……寝ちゃってたッスか……」
「でも、ちょうど良かった。お夕飯の支度ができましたから、呼びに来たんですよ」

また子は大きな欠伸をして、背伸びをした。

「ああ、よく寝たッス。屋根のしたに誰かがいると思うと、なんか安心しちゃって」
「………」

毎夜の寝場所がある、日々の食べ物がある。それは薫にとっては当たり前のことだが、秋の夜長を独りきりで過ごすのは、さぞかし心細いことだろう。赤鬼寺には晋助や万斉がいるからいいものを、誰もいなかったとしたら、とても耐えられそうになかった。眠気に負けてウトウトとしてしまうほど、また子は気を張って生きているのだ。

ふと、起き上がったまた子の髪を見ると、見事に寝癖がついて四方八方に跳ねあがっていた。薫は思わず笑いを漏らし、また子に言った。

「髪が乱れてますよ。そのままでは、晋助様の前には出れないでしょう。結いなおしましょうか?」
「ええっ?!いいッスよ、自分でするから……!」

また子は遠慮したが、薫は彼女を座らせると、癖のついた髪を櫛でとかした。
元気に跳ねる髪の毛や、華奢なうなじや細い肩はまだ幼いと言っていいほどで、彼女の過酷な運命と比べたら、あまりにも不相応だった。もし、薫自身がまた子の立場だったら、彼女のように明るく気丈には振る舞えないだろう。そこに彼女が元来持っている、強さや逞しさがあるような気がした。

(この子も、万斉様や私と同じなのね)

晋助の後に続こうと決意した志や、復讐の道をひた進む彼への羨望は、きっと薫自身が持つものと同じ種類のものだ。女だから、若いからというのは関係なく、晋助と共にありたいという強い想いで、また子はここにいるのだ。

また子の髪を櫛でとかしたあと、薫は髪の束を幾つか指で拾い上げて編み込みにした。金色の明るい髪が繊細な模様を作っていく様子を見つつ、同志と呼べるまた子が独りでいる理由はないのだと思う。日々の温かい食事や、安心して眠れる場所を、作ってやりたいと思う。

「あなたさえ良ければ、ずっと、ここにいていいんですよ」
「……えっ?」
「はい、できあがりです」

薫が手鏡を差し出すと、また子は目を真ん丸にしてから、可愛い、と呟いた。動く度に揺れる跳ねた髪の毛を、編み込みにしてきれいにまとめれば、途端によそ行きの髪型に見える。髪型が変わるだけで、印象はがらりと違って見えるものだ。

まじまじと手鏡を見つめるまた子に、薫は微笑んで言った。

「普段の髪型も、快活で元気なあなたらしいけれど、たまにはこういうのもいいでしょう」
「……こんなの、今までしたことないッス……」

髪を結わえるくらいなら、毎日、何回したっていい。そんな些細な事を日々積み重ねるうちに、また子が独りではないと、思ってくれるなら。

「いつでも、結ってあげますよ」

薫がそう言うと、また子は嬉しそうに頬を紅潮させて、顔を綻ばせた。

「ありがとう、薫姐さん」

負けたくない、けれど愛おしい。
もし妹がいたらこんな感情を抱くものだろうかと思いながら、薫ははい、と返事をした。



(おわり)
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ