SHORT STORY

□華火と君の聲B
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早朝、港を発った鬼兵隊の母艦は、静かな江戸の町を眼下に望みながら雲の上まで上昇した。大気圏を突破すると、進行方向に広がるのは無限の闇。遠ざかる青い星を見送って、船は闇の中を一直線に突き進む。星屑さえその道を開けるように、迷いというものを知らぬように、ただ真っ直ぐに。

船の正面に位置する操舵室で、操縦席の隊士が告げた。

「エネルギー回路正常、無事に大気圏を突破しました。座標軸に春雨の本拠地を捉えます。到着まで、およそ……」

その声に耳を傾けながら、幹部達は各々の時を過ごしていた。武市は真剣な表情でモニターを見つめ、また子はぼんやりと外を眺めている。
万斉が足を組んで刀の手入れをしている隣で、晋助は座席の背凭れに頭を預け、腕組みをして何やら思案に耽っていた。
彼らの間に長い静寂が流れていたが、やがて武市がおもむろに口を開いてそれを破った。

「此度の会合に先立って相談があるのですが。晋助殿」
「…………」

再び沈黙が訪れる。誰もが、晋助が何か言うを待っていたからだ。けれどいつまで経っても彼が喋り出す気配はなく、

「あの……聞いてますか晋助殿?」

返事がないのを怪訝に思った武市が振り返ると、すう、という微かな寝息が聴こえてきた。考え事をしているのかと思いきや、晋助は最初からずっと眠っていたのだ。

さざ波のような笑いが沸き起こり、操舵室の空気が途端に柔らかなものに変わった。
刀の研ぎ石を弄びながら、万斉が頬を緩めて言った。

「人が真面目に話しているというのに、我関せずという寝顔でござるな」
「こっ、こっ、こっ、これっ、写真撮ってもいいッスかね!?怒られないッスよね!??晋助様の貴重な寝顔ショット!!!」

興奮気味のまた子が、どこから持ってきたのかカメラを片手に晋助に接近しようとしていた。

「お止めなさいな。バレたらカメラごと斬られます……って、また子さん、そのカメラは一体どこから持ってきたのですか」
「武市先輩の部屋から借りてきたッス。ちなみに犯罪モノのデータが入ってたんで、全部消去しておいたッス」
「なっ、なんと非情な……!!」

間近で仲間が喚いているというのに、晋助はぴくりともせず、規則正しい寝息をたてて眠り続けている。その様子に、万斉はしみじみとした口振りで言った。

「晋助は攘夷戦争を生き抜いた男にござる。戦時中はいつ敵襲が来るか爆弾が投下されるか分からぬものゆえ、いつでも戦いに行けるよう、寝られる時間に集中して寝て、あとは襲撃に備えねばならぬのが志士達の日常でござった。多少喧しいくらいでは起きぬほど、奴は深い眠りにあるのでござろう」

そこまで言って、万斉は小さく笑いを漏らした。

「それにしても、よく眠っているでござる」
「きっと、いい夢を見てるんスよ」

また子はカメラを武市に返すと、晋助の体が冷えないように、羽織を肌掛けの代わりにして掛けてやった。彼の顔を覗き込むと、長い睫毛が呼吸のたびに揺れており、その背に追う重責も、胸に宿した野望も、全て忘れたかのような穏やかな表情をしていた。側にいる仲間の気配にすら、気付く様子もない。

「邪魔をしないでおきましょう。我等が大将の、束の間の休息を」

武市がそう言うと、操舵室は晋助の安らかな眠りを約束するような静けさに包まれた。そこにいる誰もが、ここならば晋助は心を許せるのだと、仲間達のいる場所ならば、彼は何も憚ることなく眠りにつけるのだと、胸に灯火のような暖かさが宿るのを感じていた。

仲間と友を乗せ、船は進む。
宇宙の闇をもろともせず、何処までも進む。



(おまけ おしまい)
 

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