SHORT STORY

□月下美人に朝露が降るA
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晋助が薫の奥底まで入り込み、抜けていく時、襞を掻き出して摩擦が起きる。それは彼女の内側の一片一片が、まだ出ていかないでと必死に引き留めて騒ぎ立てるようだった。
そして再び彼を受け入れた時、凄まじい歓喜に全身が戦慄く。それを繰り返すうち、彼女の性感は限界に近いところまで高まっていた。

腰を鷲掴みにする、晋助の手に力がこもる。立った体勢のまま高みへと追いやられようとしていることに、彼女は力なく首を振って異議を唱えた。

「や、晋助様、……このままじゃ、いや」
「いや?何がだ」
「こうしてると、顔が、見えないから……!」

と彼女は背後を振り返って訴えた。その肌は桜色に染まって、背中にうっすら汗が浮かんでいた。

晋助は一旦動きを止めて、自室の方にちらりと視線をやった。当然、寝床の支度など整っている訳もない。それに薫の体は、子宮口が徐々に下の方に降りてきて、絶頂が近いことを正直に彼に伝えていた。

「横になる場所なんて何処にもねェぞ……。このままじゃあいけねェのか」

そう諭してはみたものの、彼女はいやいやをする子どものように強く首を横に振った。仕方ない、晋助はそんな溜め息をついてから、ひょいと彼女を抱き上げた。そして部屋の奥へ大股で進み、文机と脇息を隅に避けると、胡座をかいた上に薫を座らせた。

「はぁ、あ…!」

すぐに彼女は腰を浮かせて、焦点を定めて彼自身を受け入れた。粘液の擦れる卑猥な音を聴きながら、彼女は膝を立てて腰を落とした。
動く度に衣擦れの音がして、薄く開いた唇から、ア、と控えめな喘ぎ声が漏れる。臍と臍の間を縮めるように縦に腰を揺らすと、陰核が擦れてその刺激に病みつきになりそうだった。けれど自ら動いて得る快感は、笹舟がゆっくり川を昇っていくような、緩やかな高まりだった。心地よさともどかしさの狭間で、背骨のあたりが甘だるく蕩けていく。

晋助はじっと彼女の様子を眺めていたが、それだけで血流が下半身に集まっていくのを感じていた。やがて彼の視線に気付いた薫は、羞じらいに唇を噛み、視線を斜め下に落として呟いた。

「そんなに、み、見ないで晋助様……っ、恥ずかしい」

それを聞くなり、晋助は声をあげて笑った。

「顔が見えねェから嫌だと言ったのはお前の方だぞ。今度は見るなと言われちゃあ、お前も随分、我が儘を覚えたもんだなァ」

彼は薫の帯を力任せにほどき、白い乳房をあらわにさせると、柔らかな胸元にきつく吸い付いて赤い跡を残した。それから袖を抜き襦袢を剥ぎ取り、一糸纏わぬ姿にしてから、華奢な腰を掴んで強く突き上げた。

「ひ、ア、ああ!」

深々と貫く剛直は、脳天まで突き抜けるような強烈な快感をもたらした。薫は悲鳴を上げ、首を大きく仰け反らせた。それはまるで、焼けるような熱さを刻んでゆく、容赦のない真夏の太陽のようだ。

「あう、だめ、晋、あぁ、……!」

許しを乞うような譫言を繰り返しながら、大波に呑み込まれる感覚とともに彼女は達した。晋助に強くしがみついて、体が水になって弾け飛ぶかと思うほどの陶酔を味わう。

暫くの間、彼女は脱力したまま余韻に浸っていたが、気付くと晋助の手が腰の辺りを撫でていた。ちらりと視線を向けると、彼は表情に余裕を漂わせ、髪にそっと唇を寄せていた。

薫自身はいつだって攻め立てられ、思い通りに屈せられてしまうというのに。彼は常に、涼しい余裕をちらつかせているのが癪だった。
彼女は先程彼がしたのと同じように、覚束ない手つきで彼の角帯を緩め、着流しをはだけさせた。汗ばんだ背中に手のひらをあてがい、そのまま首の裏側へするすると這い上がる。そして汗で湿った髪の毛を逆立てるようにしながら、乳房を押し付けるようにすがりついた。そのまま、自分から唇を奪おうとしたところで、彼が口を開いた。

「……来年は」
「えっ?」
「来年の夏は、京にでも行くか」

突然そんなことを言われたので、薫はきょとんとして首を傾げた。

「京へ……ですか?」
「月下美人が夜に咲くというのが本当なら、ぶらりぶらりと夜の町を歩いて、花を捜すのさ。芳香に誘われて運よく巡り逢えたなら、お前が言った通り、朝が来て終わりを迎えるのかどうかを確かめようじゃねェか」

彼はそこまで言って、ふっと目を細めて笑みを溢した。

「きっと、お前は花が萎む様子を見て、儚いものだと嘆くんだろうな」
「ふふ。そうかもしれませんね」

薫は瞳を閉じて、晋助の肩に頬を預けて凭れかかった。
まだ見たことのない、純白の月下美人を思い浮かべる。朝顔のように朝陽を見ることもなく、闇の中で咲く月下美人は、桜よりも短命で儚い。そんな、たった一夜限りで命を散らす花を見るなら、彼の隣がいい。
彼といるならば、もしかしたら花の命は永らえて、花びらに朝露が降る様子を見せてくれるかもしれない。


そんなことを思いながら薄目を開くと、顔のすぐそばに晋助の耳があった。
いつもは包帯で覆い隠されているその耳は、耳朶の角度や黒い窪みに至るまで、彫刻のように整っていた。彼女は薄い耳朶をめがけて唇を開き、歯をたてないようにかじりついた。いつも晋助にされるように、舌を這わせて息を吹き込むと、彼は肩を強張らせて小さく声を漏らした。

「っ、あ……」
「こうされるが好きなのね、晋助様は」

薫が調子づいて、再び耳孔に舌を差し込もうとしたので、晋助は顎の先を掴んで止めさせた。牽制する思いで彼女を見ると、彼女はうっとりと陶酔した表情で己を見つめていた。官能的な視線は先の快楽を分かち合わんとするかのようで、溶けそうな色香を含んでいる。
彼は小さく舌打ちをして、不平を漏らした。

「お前は、狡い。わざとやってんのか」
「何をです……」

薫が腰を揺らすと、彼は歯を食い縛って低い唸り声を漏らした。髪の隙間から覗く片眼には、情欲の火が籠り始めている。
それから彼らは、お互いの動きに合わせて激しく身体を揺すった。いつの間にか薫の簪は落ちて、長い黒髪が動く度に波打った。ふたり手を取り合って、海の底へ溺れていくようだった。

「……っう、薫……!」

晋助が短く吼えるのと同時に、薫の奥底で膨れ上がった彼自身が弾けた。熱い迸りを受け止めながら、彼女は晋助の後頭部をかき抱き、汗で濡れた髪の束を握り締めた。

吐精は長く、長く続き、それが終わって彼がああ、と感嘆の息をつくと、薫は満足そうに微笑んだ。緩んで開いた唇に、彼女から口づけをする。晋助は目を細めて微笑み、お互いに腕を回してきつく抱き締めあった。

汗の匂いや、濡れた髪の感触に夏を感じた。短い夏が終わって、翌年の夏を待つうちに季節は巡ってゆく。けれどこの人が側にいるなら、いつだって、夏の欠片を握り締めることができる。
一瞬の夏と対極にある、永遠というものがこの世にあるとしたら、それは彼の中にあるのだ。



(おわり)
 

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